2015年2月27日金曜日

土屋応仁『聞耳の森』の感想一言

小川洋子の本の表紙などで見覚えのある人も多いだろう土屋応仁。
その作品集である『聞耳の森』を読みました。

北海道の美術館の主任学芸員という人の解説がついているのですが、これは微妙……いや、はっきり言って残念なものでした。
とはいえ、土屋がゲームグラフィック関係の仕事を一時期していたことを紹介していたのは興味深いものでした。

スーパーフラットでもなんでもいいのですが、ゲームのグラフィックは基本的にツルツルで、極めてフラットなものですよね。実際、土屋の作品も首とか胴は、ムラなく真っ白で、その素材がなんであるかとかを感じさせない。
その一方で、鱗的な表現だとか、耳、鼻など繊細な部分ーー非常に肌的で、(こう言ってよければ)内臓的な部分や表現をとっているところーーは、露骨に木目が表示されていて、観る者に唐突に素材を思い出させます。解説では、仏像が持ち出されていましたが、内臓的であること、その「生っぽさ」は、仏像と類比することでは伝えられないように思います。(躍動する生命というより、生まれたての生物のように、グロテスクさを感じさせかねないほどに、生っぽいのです。その意味で、「内臓的」と言っておきたい。)
両者が並存している状況は、初音ミクなどのように2.5次元的だと言うべきでしょう(ただし、その場合、ミクとは反対の方向から2.5次元化しているのですが)

まぁ、作品集見せてもらうまで、作品を偶然目にすることはあっても、土屋応仁なんて名前も知らなかったくらいの人間ですが、ちょっと久々にブログ更新してみました。


聞耳というと、最近ハマっているクトゥルフ神話TRPGを思い出さざるを得ないミルチでした。

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