2019年1月29日火曜日

雑魚みたいなレポートを見つけたので晒します(梅原猛の話してる)


学部四回生とか、修士一回生くらいの頃の、雑魚みたいなレポートがサルベージされました。さらしときます。
「授業で梅原猛が扱われたから、レポートでもいっちょ扱いますか」と思った記憶だけはあります。
レポートの「書き方」の参考にはしないでくださいね。レトリックとしてうまく使えないうちは、突然「ところで」とか書いちゃだめですよ。



梅原猛――「共生と循環の思想」の批判的検討


0,はじめに


梅原猛の思想は、いくつかの軸から描き直すことができる。西田哲学の乗り越えという観点もあり得る[1]し、歴史家のトインビー来日時の対談で示唆を受けたように、西欧文明の乗り越えという観点もあり得る[2]だろう。いずれにせよ、そういった課題があった上で、様々な過程を経て到達したのが、自然を中心とする「共生の思想であり、生命の永劫回帰である」と言える。著作集『人類哲学の創造』においても、「共生と循環の思想」(第一章のタイトル)と題されているように、梅原の到達点としてある人類哲学は、共生と循環という二つの原理が両輪となっていることがわかる。本稿では、その両輪に迫る。さしあたり後者から始めよう。


1,循環――生命の永劫回帰


自身の卒業論文について、「既存の書物の注釈的な研究でなく、全て自分の頭で考えようとしたもの、その苦闘の形だ」と折に触れて梅原は語っている。興味深いのは、その卒業論文のテーマに、進歩史観(単線的時間把握)への反対が含まれているということだ。これは、西洋哲学もそこに含まれているところの西欧文明がその根本に持っている世界観である。これは、後に繰り返し梅原が語っているモチーフ――ギルガメシュの叙事詩を典型として梅原に理解されている。人類の歴史とともに、そして農耕牧畜文明の発生ないし農耕牧畜によって蓄積された富の上に成り立った都市文明とともに、環境破壊は始まった、と前置きながら、梅原はこう述べている。
それ[都市文明を作ったのは|筆者注]は、メソポタミア地方に最初の都市国家をつくったシュメールの王、ギルガメシュであるといわれます。……ギルガメッシュが最初になしたことは、森の神フンババの殺害でした。これはまことに象徴的な意味を持っています。森の神の殺害は、人間が森の破壊の自由を獲得したことを意味します。おそらくそれ以前は、山には山の神が、また川には川の神がいたように、森には森の神がいて、木をむやみに伐採し森を破壊する人間に恐ろしい罰を与えていたにちがいないのです。しかし、ギルガメシュは人間をそういうタブーから解放した。(梅原(2001)、52頁。)
これは、インタビュー(梅原(2012)、315頁)などでも「西洋文明の始まりを意味する」として触れているように、梅原の世界像を形成するひとつの典型ないし要石となっている。このギルガメシュによる農耕牧畜文明を生み出す革命に加えて、科学技術文明を生んだ近代の革命についても批判を加えている。この革命を指導したのは、「ギルガメシュのような個人ではありませんが、何人かの哲学者が、このような革命に理論的根拠を与えた」のだとし、「たとえばデカルトやベーコンのような哲学者たち」と例を挙げている。人間を「まさに世界の中心の地位」に位置づける思想や、自然を知り、それに従属することによって、自然を征服することができるという思想を彼らは語った[3]。富を得、蓄積し、また富を拡大させていくような文明のイメージは単線的な思考をもたらさざるを得ない。梅原はこれに対して、循環の思想、「生命の永劫回帰」の思想をぶつけるのである。

ニーチェの永劫回帰という思想について、「人間の主観的な意志にとって、同じ世界が繰り返されるとしたら退屈でやりきれない」が、「それを意志の要請として肯定しようというのがニーチェの立場」と整理しつつ、梅原は実のところ「永劫回帰というのは客観的に起こっているのではないか」と述べる[4]。 梅原のこの循環のイメージはいくつかの典型例をもって表現される。

「自己の人生は、遠い過去の先祖からはるか未来の子孫へのほんのひとときの経過点にすぎない」[5]という視点。たとえば、子供時代に自分がセミを採った場所に、孫を連れて行き、セミを採らせたというエピソードを梅原はインタビューで挙げている。である。また、親鸞の二種回向という思想も梅原が好んで言及する典型である。それは、「阿弥陀如来のおかげで極楽浄土に行く往相回向と、それとともに阿弥陀如来のおかげでこの世にまた帰ってきて人を救うという還相回向という思想」であり、「魂の永久の往還運動」だと述べている。魂の往還を企図する祭事として、縄文時代の遺跡・ウッドサークルや、諏訪大社の御柱祭も好例である[6] 。そして、恐らく梅原が最も頻繁に取り上げるのは、アイヌのイオマンテという祭りである。イオマンテというのは、熊の霊をあの世へ送る祭りだが、熊の霊を丁重に祀って送るのは、「その熊の霊がまたこの世にかえってくることを願うから」だとされる[7]

以上のように、現実に世界では、大いなる存在の連鎖は続いており、その生命の循環する営みを、梅原は客観的な永劫回帰として表現しているのである。梅原自身の言葉を借りるならば、「私どもの命は、原始的な生命から脈々と伝えられたもので、これからも未来永劫続いていく」のである(梅原(2012)、307頁)。


2,共生――森と農耕の思想


共生の文明を構想するにあたって、梅原は「森の文化」に注目する。縄文時代は、「自然を征服する文明ではなくて自然と共存する文明」である。狩猟採集生活を営む縄文人たちは、主な食料を森に依存していた。「従って、森は彼らにとって、もっともありがたい、もっとも神聖な場所であった。当然そこから生まれるものは、森の崇拝であり、樹木の崇拝なのである」[8]。ちなみに、アイヌ語と東北地方に残る言葉に、「シンパラカムイ」という共通の語彙があることを指摘したり(梅原(2013)、42-45頁。)、遺跡に見られる貝塚はイオマンテと同じく、「生きとし生けるものは何らかの意味で人間に恩恵を与える」客人(マラプト)だという世界観に基づくという、アイヌ研究者の河野広道の指摘を強調したり(同上、76-78頁) 、アイヌの着物や器物に見られる文様と縄文土器の文様との類似性を指摘したりと、度々アイヌ文化と縄文文化の連続性を梅原は強調している。

度々引用している『縄文の神秘』(2013)の初出が1989年であることを断った上で述べると、当初は、こういう見立てで、森の文化(狩猟採集文明)を称揚し、農耕文化を敵対的に見ていた。「森の文化にかわる農耕文化の侵入」という節題(45頁)からもそれがわかる。この見通しはのちに修正され、梅原は小さな転回を遂げることになる。
私ははじめ、狩猟採集民を中心に考えていたのですが、長江文明の研究を始めてから農耕民を見直し、そして2008年に吉村作治さんと一緒にエジプトを旅して、いっそう農耕民を重視するようになりました。狩猟採集民と農耕民は別のものですが、どこかで調和すると思います。森も太陽が育てているわけですから。(梅原(2012)、315頁)[9]
インタビュアーに、農耕文明は「植物をモノとして扱い、客体化し支配することにより成立する文明のように思える」と質されて、梅原は「日本ではそうでもないようだ」として柳田國男の「田の神」の話を紹介することで答えた。「春になると山の神が田にやってきて田の神になる。そして稲刈りが終わると山に帰る。山の神と田の神が一体になっている。これはすなわち、縄文と弥生の融合を意味」している。「神社には必ず森があって、森の中の石や木に神が降りてくるということが、縄文と弥生が融合した痕跡」であり、こういうあり方こそが「日本の文化」だと思うと述べた。[10]

こういう森ないし自然への着目のきっかけを、西田幾多郎とも親しかった鈴木大拙の『禅と日本文化』という著作と梅原は関連づけている。西田は、この本を受けて、「西洋の哲学は『有』の原理だが、日本は『無』の原理だと論じ」た。しかし、梅原は「日本の文化をすべて禅や『無』で説明するのは無理がある」と考えた。そもそも、「禅というのは鎌倉仏教のなかのひとつであって、鎌倉時代より前の日本文化は説明できないはず」だと批判する。代わりに、日本の思想の原理は、「天台宗と真言宗が習合してできた天台本覚思想によって生み出されたもの」であるところの、「草木国土悉皆成仏」にあたる、と梅原は主張している。西洋の人間中心主義的な原理に対置される、「草木国土悉皆成仏」は、「草や木、さらには国土、つまり石や土までもが煩悩を持つ、そして仏性を持つ生き物だという思想」であり、「植物中心の世界観」である。ここで表現されている、「この世界では生き物が殺し合いをして生成消滅をする、そこにこそ生の歓喜があるという思想」は、日本において歴史的に通底し、「文化にさまざまな形で表れている」のだとする[11] 。『縄文の神秘』の言葉を使って言い換えるならば、「草木国土悉皆成仏」は「日本の基層文化」を端的に表現した言葉である。自然との共生関係という基層文化が様々な表現をとって表出されるわけである。

この「基層文化」という言葉は、狩猟採集と農耕という二つの文化的社会的構造の対立を前提とした歴史的状況を念頭に置いて用いられている。梅原は日本国家の成立に触れて、次のように述べる。「日本はまさに縄文人を被支配者とし、弥生人を支配者とした国家であるが、この場合、渡来した弥生人は縄文人に比べて、圧倒的に数が少なかったと考えられる。こういう状況でたとえ縄文人が弥生人を支配するにせよ、渡来した弥生人は文化的には被支配者の縄文人の文化の影響を大きくこうむらざるを得ない」[12]。農耕と狩猟採集を対立的に捉えてはいたものの、両者が一定の協調関係にあることを示唆する概念であると言える。梅原は自覚的には、長江文明の研究およびエジプト旅行を通じて、意見を翻すわけだが、その可能性はそれ以前の思想に既に内在していた。実際はその契機を強調したに過ぎない(これが「小」転回と称した理由である)。

なお、共生と循環の関係についても手がかりを示しておく。単線的な時間把握に対して、循環のイメージをぶつける梅原。この循環のイメージは、共生の思想を可能にする条件になっていると思われる。「生命を与えてくれた自然に対する深い畏敬の念」を抱く契機。


3、「共生と循環の思想」への批判的な論点提起


いくつか批判を述べることにする。梅原の思想は非常に興味深いものの、議論の構図そのものは紋切り型的で、独断的な日本文化特殊論(特に西洋と対比した)と区別ができない。社会学者のエマニュエル・トッドは、その家族類型論のなかで日本・ドイツ・スウェーデン・韓国・ユダヤを「直系家族」に分類する。直系家族は、「自分たちとそれ以外」という思考パターンを持っている。これが拡大すれば、「日本人とそれ以外」と考え、「日本人と外国人は違う」となりがちである[13] 。梅原も日本の基層文化として縄文文化的な狩猟採集文明に特徴的な精神性を称揚するとき、同じ轍を踏んでいる。問題をより複雑にしているのは、梅原が最終的に目指しているのが「人類哲学」という時空間的に広範な射程を持った思想であることだ。アメリカインディアンや古代エジプトの神などに言及するときでも変わらず典型例をイオマンテや二種回向など日本国内の事例に置いているので、変わらず批判は免れない。この日本特殊論的な問題点が第一。

また、ギルガメシュにしろ、ベーコン・デカルトにしろ、人間中心主義にしろ、西洋に対する文明的な射程の批判を加える一方で、日本への反省は自身の体験[14]に根ざしたものや、京都学派への批判に尽きてしまっている。梅原の個人的体験として筆者が念頭に置いているのは、負けるとどこかでわかっていた戦争での従軍体験、自分で哲学することをやめた哲学科での疎外及び発奮などである。つまり、自文明に対する自己反省が乏しいというのが二点目。この論点を掘り下げるとすれば、レヴィ=ストロースが来日した際に、西洋にはない原理を持っていると思っていた日本が結局自然を大切になどしていなかったこと(彼は隅田川の散策を例に取っていた)を嘆いたことを思い出すのもよい。梅原は日本思想の可能性の中心を読んだのだとしても、いささか楽観的な色調があるのではないか。もはや梅原の言う日本の「基層文化」は、現に生きられ、営まれている文化ではないのではないか、と指摘できる。

最後に、太陽というモチーフに対する無批判性と、それを原因としてか、原子力について奇妙な失語症に陥っている点だ。農耕を自身の体系に取り入れるに当たって、太陽神ラー(古代エジプト)の強調など、太陽という原理を梅原は重視するが、実のところ梅原のシンプルな把握とは違って、太陽はシンボルとして非常に複雑なところがあるのではないか。「小さな太陽」などと言ってしばしば原子力は太陽と結び付けられる。地球の「生態圏の『内部』に、ほんらいそこにあるはずのない『外部』」が、「無媒介に」持ち込んだものとして、中沢新一は原子力を思想的に読み解く[15] 。地球の「生態圏に属しているものは、全体性のバランスをとって存在しているから、動物も植物も、そこにあるものは全てが『媒介』した状態にある」にも関わらず。中澤の原子力に対する思想的格闘をどう評価するのであれ、うまく自身の体系に組み込み、彼流の贈与論を語り直すことができている。しかし、梅原は「原発事故は近代文明そのものが起こした災いである」と発言したが、それに続く言葉は一切変更・更新・修正されないで、原子力という言葉抜きに「共生と循環の思想」を繰り返すにすぎない(近代文明についてだけ饒舌で、原子力・原発事故は挨拶程度だ)。その発言の真意を問おうとしたインタビュー(梅原(2012))でも、それは同様である。共生と循環の思想に関連して、冷戦期に「三つの危機」として核に言及してあるので、それで事たれり、と梅原は考えているのだろうか。(6132字)


参考文献

梅原猛(2001)『梅原猛著作集 17 人類哲学の創造』小学館
梅原猛(2013)『縄文の神秘』学研パブリッシング
梅原猛(2012)「草木の生起する国――京都」、東浩紀[編]『思想地図β vol.3』ゲンロン所収
中沢新一(2011)『日本の大転換』集英社新書


[1] 梅原(2012)、307頁。
[2] 同上、312頁。
[3] 梅原(2001)、55-56頁。
[4] 梅原(2012)、306頁。
[5] 梅原(2001)、57頁。
[6] 梅原(2012)、306-307 頁。
[7] 梅原(2001)、45頁。
[8] 梅原(2013)、40-41頁。
[9] 『縄文の神秘』によると、中国の最初の支配者が「黄帝」であり、黄色が神聖な色とされていた。そしてその黄色は土の色だと推定でき、木を伐採して黄色い大地にし、小麦を植えたところから来ているのではないかと述べて、中国の農耕文化を「黄の文明」と呼び、日本の縄文文化を「緑の文明」と呼ぶことで明確に対立的に論じている。特に「木の消滅」という契機を重視していることに注目されたい。(梅原(2013)、38-40 頁)
[10] 梅原(2012)、316頁。
[11] 同上、307-306頁。様々な形での表れとして、能の「鵺」や「西行桜」、縄文時代の勾玉などをその直後では挙げている。厳密に言えば、その例示の中には次のように、日本に文脈を限定しない発言もある。「縄文時代は狩猟採集文明であって、狩猟採集文明はアメリカインディアンを見ても、アボリジニを見ても、かなり高い精神性を宿している。人類最初の狩猟採集文明にはそのような精神性があったのではないかと思っています」(306頁)。
[12] 梅原(2013)、49頁。
[13] この記述は鹿島茂のインタビューを参考にした。「仏紙襲撃事件は、強烈な普遍主義同士の衝突 鹿島茂氏が読み解く仏紙襲撃事件(前編)」 (東洋経済オンライン)http://toyokeizai.net/articles/-/58478?page=2 (2014/1/22閲覧)
[14] 梅原(2012)、304-305頁、および梅原(2001)の「哲学と私」等を参照せよ。
[15] 中沢(2011)、13-24頁。

2019年1月13日日曜日

岡本健『巡礼ビジネス』を読みまして。:都市と地方、終末世界、アーカイブ

(写真を見て)「違う時間の同じ場所…?でしょうか」
「たぶんね。ここに住み続けながら、記録を続けてたんだろう」

1.はじめに


 岡本健さんの『巡礼ビジネス』(角川新書 2018年)を読みました。
『フィルカル』という雑誌に、聖地巡礼論を書き、そのうちの一章を「岡本健論」とでもいうような文章に割いた者として、とても面白く読みました。

 この本、いかついタイトルをしていますが、岡本さんがこれまで書いてきた論文・書籍などの論点を総ざらいしたものだと言えます。
 具体的には、100-101頁は、「スマートフォンゲームの観光メディアコミュニケーション」(ポケモンGO論文)の冒頭の変奏だったりする……というように、これまでの研究が集約されるような本であり、語り口がやさしく、データは新しいという……買うしかないな。



2.どこが面白かったか


 「はじめに」と「序章」では、なぜ観光に注目するのか、そしてその中でもなぜ「(アニメ)聖地巡礼」なのかということが説明されると同時に、そもそも聖地巡礼とはどんなことなのかが具体例とともに語られています。

 これはとても重要で、単にAを紹介した上で、Aについて論じるだけでなく、「なぜAを扱うのか」ということを何らかの水準で示す必要があります。卒論・修論シーズンなので、それっぽいことを言ってみました。

 個人的に興味深かった箇所は二つあります。それが、第三章「観光資源を生む『創造性』」の景観論であり、第五章「観光『資産』化への道」のアーカイブ論です。
 いずれも、論点としては、岡本さんの研究や、聖地巡礼の先行研究を追っていれば、どこかで出会ったことのあるもののはずですが、書籍という一つの流れの中に置かれ、一定の分量で掘り下げられたとき、改めて興味深いものとして映りました。



3.観光における「外部のまなざし」:都市と地方と終末世界


 122頁に、「内部/外部のまなざし」と「日常/非日常的風景」という二項目×二項目の図が挙がっています。言葉遣いが少し抽象的なものの、ここで言われていることはとてもシンプルで、観光資源を「発見」できるのは往々にしてアウトサイダーである、ということです。(先回りして言えば、そうした発見が、地域住民へとフィードバックされていくし、観光者の側でも、地域の日常的な風景への関心が次第に惹起されていきます。)

 『巡礼ビジネス』内でも語られていた通り、その他の多くの観光と同様、聖地巡礼でも、開拓的にアニメやドラマなどの舞台を「発見」し、そこを訪れる観光者がいます。
 注意したいのは、「聖地巡礼のような仕方で、その土地をまなざす」ことは、土地の住民にとってはピンときにくいもののはずです。どうしてなんてことのない神社や駐車場や自動販売機が「魅力」を持つものと言えるのか、コンテンツを共有しない人にとっては意味がわからないからです。

 このことは、かつて「ニッポンのジレンマ」(Eテレ)の「都市と地方、みえない分断線」という回に出演したときにも、出演者の間で議論になりました。
 その土地に住む人にとって、通り過ぎる花や樹が、都会の人間にとっては、そのためだけにそこに行ってもいいというくらい魅力を持つものかもしれないわけです。
 他の地域ではなかなか見られない絶滅危惧種の観察会などは、「保護」を持続するために必要な公衆の関心を調達できるだけでなく、その地域への愛着に結びつくかもしれないのです(例えばこういうの)。
 地元の農家が親戚や知り合いにあげてしまう収穫物は、都会に暮らす人にとって、大枚はたいて買いたいものかもしれません。収穫の体験そのものも、魅力的にうつるかもしれません。

 ここで何が言いたいかというと、「観光のまなざし」は、大抵の場合、外から惹起されるものであり、観光地に成功しているのは、敏感な住民サイド(ホスト)が、そうした視線のよいところを汲み取って、その資源へのアクセスを高めたり、環境を整備したり、ほかの観光資源との接続を考えたりしている、ということです。
 そのようにして、人が集まることが、そうして関心を持ってもらえているという実感が、翻って、住民に、通り過ぎていた日常の風景の魅力を再発見させるものでしょう。

 もちろん、こうした魅力発見のプロセスがオリエンタリズムにならないよう、都市の論理と地方の論理をうまく橋渡しする人物がいなければならないでしょう。観光学者としては、そうしたコンサルティングもできたらいいなと思っています。

 余談ですが、終末世界ものがすべて「観光もの」でもあるのは、すべての人が、住民としての視線を失うからです。『巡礼ビジネス』の言葉でいいかえるなら、終末世界の人びとは、必然的に「内部のまなざし」を失ってしまう、ということです。誰もそこに住んでいる住民ではありえません。少なくとも、かつてのような日常を営むことはできない、という意味では。
 冒頭には『旅とごはんと終末世界』という最近出たマンガの台詞を掲げました。これは、今はもう死んでしまっている人が、かつて生きていたとき撮り貯めていた写真に気づいた直後のシーンです。
 終末世界にとって、日常は失われたもの、手の届かないものです。であれば、写真を撮り続けた人は、そして、その撮り続けられた写真に目を留めたマンガの人物たちは、失われた日常を、「非日常」として受け取らざるをえない、というわけです。



4.私たちは何を残すのか、どう残すのか:アーカイブの問題


 私たちは、アニメ聖地巡礼における「アーカイブ」についてそれほど関心を払っていません。
 そこそこ昔のアニメもオンデマンドとかネットフリックスとかで観られるし、マンガは割と書店やAmazonで買えるし、何をアーカイブするのかピンときていないのだと思います。
 とはいえ、保管は重要な問題です。『巡礼ビジネス』のなかでは、資料保存するスペースや管理者などの問題から、アニメ会社が原画を保管し続けられないという事例が紹介されていますが、マンガなどでも、出版社側が原画を十分管理してこなかったため、名作の原画が失われたり、勝手にオークションなどで転売されたり……といった悲しむべき事態も起こっています。
 そこで、京都精華大学がやっている「マンガミュージアム」、立命館大学ゲーム研究センターのゲームアーカイブスのような試みが重要となってきます。特に後者の場合、ゲームハードがなければ、そのゲームをプレイできないという事態がしばしば生じるので、なおさら保存が問題になります。

 とはいえ、こうした大学によるアーカイブ化は、金銭的な事情でつらいものを抱えていると言わざるをえません。保存・維持・研究は時間も人の手もかかるので、直接的な形で換金性を高めることは難しいからです(時々図書館や博物館関係のニュースで見かけますすが、保存・維持・収集にも当然ながら専門知がいるので、人件費を削るのは悪手です)。
 『ゴールデンカムイ』のアイヌ語の監修をされているアイヌ語研究者の中川裕さんのインタビュー「エンターテインメントと研究の相互作用」でも語られている通り、収集・保存・維持・研究といったプロセスから成るアーカイビングは、結果として、ものすごく魅力的なコンテンツを生み出すのに役立つものです。

 ちょうど、冒頭に引用した『旅とごはんと終末世界』の台詞が示唆するように、写真という仕方で、その土地の情報を蓄積しておいたからこそ、主人公たちが、その土地について思いを馳せることができたように。その蓄積なくして、冒頭のシーンは、いや、「終末世界もの」=「観光もの」はありえないのです。
 アーカイブは、今すぐに役立つ類のものではありませんが、観光や創作のように中長期的な視点が必要となる文脈では、これ以上ない基盤として機能するのだと思います。

 KADOKAWAが主導している埼玉県所沢市の「サクラタウン」計画について『巡礼ビジネス』が言及しているのが、第五章の終盤であり、資料館・博物館やアーカイブ化について述べた後だということの意味に、私たちは注目する必要があると思います。


……というまとまらない感想でした。

2018年2月21日水曜日

某集中講義の感想

大学院生向けの教育に関する集中講義を受けて書いた感想を貼っておきます。
成績もついたことですし、もう問題ないと思うので。

個人的な事情にも触れているのですが、このままだとメールフォルダで埋もれそうだったので、ここに貼ることでアーカイブ化しておきます。
ざっと書いたエッセイなので、間に合わせ感も半端ないですが。



1.授業を通じて学んだことや身についたこと


 誰かと協働するというとき,相手からのアクションがなければ,協働の関係をうまく築くことはできない。主役を張る人がたった一人で暖簾を押したところで,何か事態は変わったりしない。これは当たり前のことではあるが,積極的なパートナーたちとチームを組んだことで,その意を実感した。(全然関係はないが,円城塔『道化師の蝶』には,集団で織りものを織るというシーンがあり,それを思い出した。)

今後,教員として,私が他の教員と組んで授業することもあろうし,複数教員がかかわるような講義やコースを設計することがあるかもしれない。その場合,今回の講義のようなパートナーシップが望めるかというと,あまり期待できないのではないかと思うと,少し悲しく思う。シンポジウムの企画や,自分の講義でゲストスピーカーを設定するときなど,まずは自分の手の届く範囲で,そして,自分が確かに信頼し,既に協働関係を築くことのできた人たちとのあいだで,ひとまずは,個別の実践を積み重ねていけたらと思う。



2.自身の教育観


 私は,少なくとも,10代の私は,グループワークが苦手だし,学校の講義もあまり好きではなかった。正直,しゃらくさいとさえ思っていた。「低い」レベルに合わせなければいけないからというわけではない。どちらかというと,学問的でないことについて,ぼっち的である人間として,単に「つらい」ということかもしれない。かつての私は,集団で何かをすることに,精神的に向いていなかった。今後は,そんなことなどなかったかのように,グループワークをしたりもするのだろう。しかし,心のどこかでは,嫌がっていた過去の自分のことを思い出して,「これにはついていけない,ついていくのが嫌な人もいるだろう」と思う余地を,頭の片隅に残していたい。

 このような,ある種の「不信感」は,学校や授業への疑いというより,(チームトマトの授業内容のよろしく)「教え」や「学び」の遍在に対する信念につながっている。私が単著を準備している思想家の鶴見俊輔(2019年には刊行できるようにがんばります!)は,これを「偶発性教育」などと呼んでいる。これは、「ハッとするような瞬間に,自己の中でうまれる変化に注目しよう」という掛け声だと理解すればいい。実際に教える立場,教師と呼ばれる立場に立つだろうからこそ,「実際はそうでなくてもいい」という反対の視点を忘れないようにしたいと思う。少なくとも,私は,そういう大人に助けられてきたからだ。



3.実際の授業で実践してみたいこと


 京都大学人間・環境学研究科のプレFD企画「総人のミカタ」にて私が担当した講義では,プラトンやハイデガーが使った論法を体感してみようということで,「哲学に関するイメージ」をグループごとに挙げてもらい,それを全体で共有しつつ,哲学者の既存の哲学に関する言説と突き合わせるという作業をやってみた。これは,優秀な院生の友人たちがグループについてもらうなどのサポートがあったからこそできたことではあるが,参加者や参加院生にも好評であり,類似の試みは一層実践されていいと実感した。(具体的には,「メノンのパラドックス」をすでにクリアしているということを,哲学の定義をめぐって、実体験してもらうというもの)

 哲学教育において,座学的な教授はどうしても必要になるし,それが主となることはやむを得ないところがあると思う。学生の関心や,学習意欲などにもよるだろうが,典型例としては,やはりそうなのだろうと思う。(さらに言えば,チーム地球惑星開発連合?の貫井さんが言っていたように,他の講義から必要とされ,そこに参与するような形でかかわるときは,その限りではないと思う。)とはいえ,グループワークは,哲学の敵ではないし,そもそも,私が哲学を学ぶ上で最も有益だったのは,ゼミや読書会での対話であり,そこに参加している先輩や友人,後輩たちとのインフォーマルな会話である。そうした対話的な知性を育むために,様々な教授法と,よりよい付き合いを模索しなければならないと思った。

しかしながら,それ以上に,講義を受けて実感したのが,とりあえずグループワーク,とりあえずアクティブラーニングの危うさということだ。自分自身,実際にグループワークをやったりする中で,それなりに考えている風の振る舞いや発言をするときであっても,それが腑に落ちているわけでもなかったり,それが授業の前後の流れと有機的に結びついているわけでもなかったりすることがあると思うことがあった(連続講義で疲れているのもあるだろうが)。設計の上で導入されたグループワーク・アクティブラーニングですら,こうなのだから,「上から言われたから/そういう時代だから/流行りだから,ただ単にやってみる」というのは,教師の主観的な満足をもたらし,学生も何かをやった気にはさせるが,身にならないという不幸な事態をもたらすのではないか。

 随分,天邪鬼なことを書いたが,こうしてバランスをとり,ブレーキをかけるのも哲学研究者らしい気もする。高等教育について,哲学教育については,これからも調査・研究・実践を続けていきたいので,頭のどこかではブレーキをかけるような冷静さを保ちながら,学生たちに学習しやすい場を提供できるように,できることはなんでもやっていきたいと思っている。




2017年12月27日水曜日

大槻香奈個展「がたんごとんひるね」(2017)の感想

大槻香奈さんの個展、「がたんごとんひるね」をみにいってきました。
ギャラリー創治朗(伊丹)での展示で、2017年12月12日から27日まで開催しています(いました)。

「がたんごとんひるね」
いつもながら、使用する画像は、大槻香奈さん本人がツイッターに挙げている写真か、創治朗の公式アカウントが挙げている画像に限りました。
(以下、敬称略)



キャラクター化された人物――幽霊写真について


下の画像を見てほしい。
ゆめしかちゃんの右手には、古い写真を素材にした絵が飾られている。

大槻の展示を見たことのある人なら、必ず目にしているであろうタイプの作品だ。
画像では、小さくて見えにくいが、人が映った写真が使用されている。



ポイントは、その作品では、人の顔を隠すようにキャラクターの顔が書かれていることだ。

人に重ね描きされたキャラクター。
大槻の作品では、顔だけが「キャラ絵」隠されることもあれば、人を全体をかたどり、覆い隠すようにしてキャラクター的身体が描かれることもある。

写真を使った大槻の作品の中には、生身の人間の姿と、キャラクター化された人間が並んでいるものもある。
(会場にあったドローイング集に、その実例が見られたはずだ。)

そうした作品が最もわかりやすいのだが、こうしたその人の「その人らしさ」みたいなものが、キャラクター化によってデフォルメされた印象を受けるだろう。
生身の人間にキャラクターを重ね描きすることは、その人の生がもっていた「個別性」を失って、ある種の匿名化を達成することだと言える。
(ここで、私はアンダーソンの「無名戦士の墓」のようなイメージを思い起こしてしまう。)

少し視点を変えよう。
写真論の古典、『明るい部屋』の中で、ロラン・バルトが、「かつて=そこに=あった」という印象を与えるのが写真の特性だと指摘したことはよく知られている。
(この特性を、うまく利用し、私たちの印象を撹乱するのが、杉本博司の「シロクマ」などの初期作品。)

しかし、私たちは、キャラクターを重ねられた人物(の写真)から、「かつて=そこに=あった」という印象を受け取ることはない。
キャラ化された人物は、その写真において見られるものでありながら、その写真が撮られた時空間に帰属しない。
これは、心霊写真の類に似ている。
いわば、キャラ化された人物は、キャラクター的な重なりによって、「幽霊」になっているのだ。
(キャラクターは、「まんが・アニメ的リアリズム」において捉えられる。こうしたリアリティが私たちの知覚体験に及ぼす影響を考察したことがある。……いつか論文にするつもりです、がんばる。)

幽霊は、死んでいながら、もう死ぬことのない存在として、私たちの生を取り囲むように、さまざまな事物において見出される。
写真に描き込まれ、重ねられたキャラクターは、幽霊と呼ぶ他に適切な名前が見当たらないだろう。
(そこで、写真に重ね書きするシリーズを、「幽霊写真」シリーズとでも呼んでおこう。)


モノにおいて、クリーチャーによって――気配と幽霊写真


ここ1,2年ほど、大槻は「気配」という言葉を多用するようになった。
「気配」という言葉は、そこに実際に人がいるときに、人に対して使うだけでなく、そこに人がいないときにでも、環境や事物に対しても使われる。

実際、植木など、人の生活を取り囲むモノが描かれることは多い。



「気配」という言葉がタイトルに組み込まれた作品にも、こうしたモノは(いささか唐突に)侵入している。


上の写真は、絵の一部分だ。
私の記憶が正しければ、この絵の左下には、犬のようなクリーチャーが描き込まれている。
植物のようなモノだけでなく、人間的現実に属すかどうかも定かでない生き物が。

ここで、中沢新一が、虫取り的な感性の延長に「ポケモン」ブームを捉えたことを思い出そう。
中沢の議論がさしあたりは「子ども」をモデルにした議論であるように、子どもの想像力は、しばしば私たちが生きている日常を取り囲むように、「かわいい」クリーチャーを知覚するだろう。
今、「子ども想像力」と書いたが、実際に子どもである必要はない。子どもに象徴される想像力のことだと思えばいい。

大槻が、不思議なクリーチャー(や図形)を描くのは、私たちの生を、人間的な現実とは異なる秩序に属する「何か」が存在しているという直観を表しているように思われる。
ちょうど、ポケモンや妖怪ウォッチ、妖精が描かれた文学のように。


このことが特徴的に表れているのは、今回の展示で飾られていた作品よりも、ドローイング集の中にあるいくつかの作品だ。
小学校かどこかで、子どもたちの絵を飾った教室の背面を撮った写真を使用した作品のことだ。
背面に掲示された絵のいくつかが、キャラ化されたものや、イヌのようなクリーチャーに書き換えられているのだ。
私たちの日常に、そういう「何か」が、いたのかもしれない。

「幽霊写真」は、バルト的な「かつて=そこに=あった」ではなく、「かつて=そこに=あった=かもしれない」ものを表現するものだと言えるだろう。
「幽霊写真」は、私たちが子どものとき、存在に気づいていたが忘れてしまったことを表現している、あるいは、私たちが気づかなかっただけで存在したかもしれないものを伝えている。


少女たちを通して、(確か花のような)「何か」が透けて見えている。
それと同じように、私たちは、モノや人や環境をそれ単体でまなざすとうよりも、それらにおいて「何か」を見ている。

いずれにせよ、恐らく、「気配」という言葉でかたどられているのは、私たちがモノにおいて「過去」を見るときに抱く「かもしれない」という感覚なのだ。


想像力それ自体の作品化


今、私たちが享受している(と感じている)「現実」には、様々な線が描き込まれている。
それは、社会とか秩序とかルールとか言ってよいものかもしれない。


その線に重ねるように、何かがこびりついたり、他の何かが描かれたり、また別の何かが侵入してきたりする。
こうした線引きや侵入は、主体の能動的な働きというより、向こうから否応なく「やってくる」ものとして、いわば「流入」として描かれているように見える。

想像力は、しばしば人の能動的な働きだと理解されている。
しかし、私が研究で扱うジョン・デューイという思想家は、やや受動的なニュアンスを込めて使っている。
つまり、何らかのヴィジョンが自分の現実に侵入してくるとき、その媒介的な役割を果たすものとして、想像力を捉えている。
やむにやまれず突き動かされる力、それが「想像力」の本懐だというのだ。



主体による積極的な構成や投影というより、向こう側からやってくるかのように捉えられる想像力の働きは、「流入」の比喩で、しばしば描かれる。
とすれば、線を引き、図形が侵入し、色がこびりつき、クリーチャーが跋扈する雑多でジャンクな作品群は、こうした人間の受動的な想像力を捉えたものと言えるかもしれない。

要するに、大槻は、様々なもの(=幽霊/気配)が流入する世界を描いているのだが、それは、人間の想像力のプロセスをそのまま作品化したものなのだ。


日常を取り囲む気配


何の変哲もない、日常触れるものたち。
大槻の作品で、封筒、卵ケース、チラシなどが使用されることを、私たちはもっとシリアスに受け取っていい。


日常を取り囲んでいて、そこここに、あったかもしれない「何か」。


こうした視点からみると、大槻の作品には2つの突き抜け方があると思われる。

①どこから視線を送ったらよいのかわからないほど、雑多なものがジャンクな秩序感で描き込まれたもの



②何の変哲もないもの



①では、あらゆる「何か」が重ねられ、溶け合っている。
それを、想像力の反映と見てもいいし、幽霊の跋扈する世界だと見てもいいし、境界侵犯の実例と見てもいいし、逆に、ジャンクな秩序形成の戦略と見てもいい

②として、単に家や人やモノが描かれた作品を念頭に置いている。
大槻の絵を、ある種の「文化装置」(C. W. ミルズ)として、自分のものの見方を変えた者なら、意識しようがしまいが、その作品において「何か」を、つまり、「幽霊」を見るだろう。
もはや、明示的に描かれる必要はない。



高校の頃に現代文の授業で読んだ印象的な言葉が思い出される。
思想家の林達夫によると、(この場合文芸の)作家の戦略として、意味をどんどん肥大化させていて、過剰さに突き抜ける戦略と、逆に、どんどんと意味をそぎ落としていって、もはや意味を担いえないようなギリギリまで研ぎ澄ませていく戦略の二つがある。
もちろん、この二つが、上の①/②と大まかに対応している。

これだけがありうる観賞の切り口でも、ありうる作家の戦略ではないが、そんな仕方で見てもいいんじゃないですか、という話でした。
おしまい。





2017年12月26日火曜日

2017年の活動記録

一昨年くらいまでは、「今年の活動記録」のようなものを作っていたのですが、色々忙しかったり何だったり、でまぁ、放置していたので、思い出したように書いてみます。

<読書記録>


今年は、460冊読みました。(12月26日19時現在)
読み飛ばしたものも多いのですが、目的によって読書のギアが違うので、こんな感じです。
漫画は含んでいませんが、含めてもまぁ、550冊はいかないでしょうね。
直接に研究に関わる洋書の専門書は、「読み終わった」という感じがいつまでもしないので登録していないものが多いですし、論文はカウントされていません。

また、京都は出町柳にて開催しているGACCOH小説読書会は、6回開催されました!
ゆるゆると2ヵ月に1回くらいで読書会やってます。
年明けは、1月28日が有力で、課題本は『キオスク』です。


<映画や展示>


なぜか、ドラえもん映画みたり、「Blame!!」や「三月のライオン」みたりした今年です。
エウレカセブンがカルト的に好きすぎなので、「エウレカセブン ハイエボリューション」が、自分にとっては、今年一番の映画でした。
多分、明日は「オリエント急行殺人事件」みにいきます。クリスティ好きなので。
(よかったです!)


展示は色々みたけれど、特に印象に残ったものは、感想を書いています。

・agoera個展「Missing」の感想は、こちら
・大槻香奈個展「生の断面 死の断片」の感想は、こちら
・大槻香奈個展「がたんごとんひるね」の感想は、こちら

<総人のミカタ>


同じ研究科の後輩に誘われ、始まった異分野の院生が集まったリレー講義企画、「総人のミカタ」

実際は、講義そのものよりも、各講師の講義をネタに、講義検討会をやるのがすごく刺激的でした。
影響を受けて、ブルデュー読んだり、学際(教育)について考えたり、質的研究について調べたり、日本の政治学について読んだり……それだけでなく、論文を融通し合ったり、資料となる映像を見せてもらったり、互いの研究に対してアイデアを出したり。
刺激的だ、というだけでなく、(研究を介してではあれ)友達というか仲間?ができたのも、心の支えになりました。

自分は、年明けに講義とディスカッションがありますし、2月頃には公開のシンポジウムがあります。
ご関心あれば、ぜひご連絡ください。
参加歓迎です。

また、12月には、「総人の卒業生の話を聞いてみよう!」という企画で、司会を務めたりしました。
同級生の友達にじっくり話を聞けたり、新たに学年の違う卒業生と知り合えたりして、楽しかったですね。



<研究活動>

学会発表が5つ(うち1つはポスター)。
研究会での発表が2つ。今年公開された論文が、3つ(もうすぐ公開されそうなのが、もう1つ)。
研究的資金獲得が1件(やっふーい!!)。
翻訳が1つ。

詳しくは、こちらをご覧ください。


<その他>


・大学院生のためのプレFD講座を修了

・対談イベント「ミルズ×デューイ 想像力をめぐって」を企画して、登壇

・あの伝説的ゲーム「スナッチャー」に関連したKotakuのインタビュー記事の英訳を務める(『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』のピーター・トライアスさんからご依頼いただきました!)

・小学生と高校生に対して出前授業(計3回)

・来年出るであろう共著書籍の原稿を書いていた! しかも2つ……!!(出たら買ってね)

・大学生協に属する学生組織の主宰するイベント「研究との出会い」にて、何やらエモいことを語る

・『総合人間学部広報』に一筆書く


などなど、他にも色々ある気がしますが、そんな感じです。
詳しくはこちら。あるいは、Twitterをご覧ください。



2017年12月11日月曜日

大槻香奈個展「生の断面、死の断片」(2017)の感想

東京のアートコンプレックスセンターで開催されていた、大槻香奈さんの展示「生の断面 死の断片」(11/3-12/3, 2017)に行ってきました。

大槻さんの関わって展示を観に行ったときは、何らかの感想を書くことにしています。(例えば、「揺らぎの中のせいとし展」(2017)など)



そうして、感想を書くのは、大槻さんの展示空間の中で、そこに描かれ、構成されているものを自分なりに線で結ぶことを通じて、自分が考えたかったけれど、言葉にしていなかったことを明確化できるような感じがあるからなんです。

さておき、少し長くなると思いますが、お付き合いください。
使用した写真は、大槻さん自身がツイッターに挙げているものに限りました。
(以下、敬称略)




線を引くこと


『精霊の守り人』や『獣の奏者』で知られる作家・人類学者の上橋菜穂子は、『物語ること、生きること』(講談社文庫)の中で、こんなことを言っている。

物語は、見えなかった点と点を結ぶ線を、想像する力をくれます。想像力というのは、ありもしないことを、ただ空想することとは、少し違う気がします。こうあってほしいと願うことがあって、どうやったらそうなるのだろうと、自分なりに線を引いてみること。その線が間違っているかどうかは、きっと、現実が教えてくれるでしょう。 (p.184)

この心訴える表現を、小説のような「物語」に限定する必要はない。
というより、ここでは、「点と点を結ぶ線」という表現の方に注目しておきたい。上橋曰く、「私たちの想像力が、見えなかった点と点を結ぶ線を引く」。

こうした線は、私たち人間が、そのままでは無秩序でつかみどころのない世界を、取り扱うことのできるものに変えてくれる。
線というメタファーは、私たちが状況を整えるためになくてはならない道具立てだと言ってもいい。

一例を見よう。上橋は、国際アンデルセン賞を受賞という自身にとっては青天の霹靂のような体験を、タヌキに化かされているようだ、と述懐している。
でも、まだ、今でも手賀沼(千葉県)のあたりに住んでいるタヌキにだまされている気がします。朝起きたら、私の頭の上に木の葉が乗ってたらどうしようって(笑) ハフポスでの2014年のインタビュー

不可解な出来事を、キツネやタヌキのしわざにするということが、かつて日本の各地で行われていた。冗談としてではなく、説明しかねる出来事に対する納得のいく説明として、そうした論法は、幾度も使われてきた。
(内山節は、そうした説明が、20世紀後半に機能しなくなった、と指摘する。cf. 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』

こちら側の秩序で説明がつかないものを、あちら側のせいだとして説明し、動揺した状況を静めようとする。線引きは、あらゆる意味で、私たちの生の基本にあると言っていい。


このとき、人間の住む「こちら」と、キツネやタヌキの生きる不可解な「あちら」とが線引きされている。
こうした見解を要約するような言葉を、社会人類学者のエドマンド・リーチは残している。
目に見えるむきだしの荒々しい自然は、無数の無秩序な曲線のごたまぜである。一直線に伸びる線もそこにはないし、規則性のあるどんな種類の幾何学的かたちもないに等しい。しかし、文化という人間によって作られ、飼いならされた世界は、直線、矩形、三角形、円などのさまざまなかたちをそこかしこに含んでいるのである。(Leach, Culture and Communication, Cambridge Univ. Press, p.51)

とはいえ、人類学者のティム・インゴルドは、「この意見は一見してかなり常軌を逸している」として、『ラインズ:線の文化史』でコメントを加えている。
「自然世界にはあらゆる種類の規則的な線と形態が満ちあふれている」し、「人間という居住者が生を営みながら制作するあらゆる線(lines)のなかに、まったく規則的なものはほんのわずかしかない」(工藤晋訳、238頁)。
インゴルド曰く、自然の生み出すライン、人間の文化が生み出すライン、そのいずれもが、それなりに即興的で荒々しく、それなりに規則的で整っている、というわけだ。
「自然は直線を憎悪する」と記したロマン派の建築家・造園家のウィリアム・ケントの言葉には、確かに一片の真理がある。しかし、それは事態の半分にすぎなかった。



線で囲うこと


以上のような話は、前置きにすぎないが、大槻の作品に沿うような道具を提供してくれている。

「揺らぎの中のせいとし展」でも展示されたこの作品には、格子が重ねられている。

「選び育つ」

ミシェル・ド・セルトーは、近代作家を世界から隔たって、孤立した主体とみなした。インゴルドは、セルトーの見解を印象的な言葉で要約している。

目の届くかぎりあらゆるものの主人である作家は、植民地生活者が地球に、都市計画者が荒れ地に対峙するがごとく、白紙に対峙して、その上に自らの制作を重ねていく。植民地支配された空間に社会がつくられるように、また、地図で囲い込まれた空間に都市がつくられるように、書かれたテクストはページという空間のなかで制作される。テクストとは、制作物――組み立てられ、つくられたもの――であり、以前何もなかったところに(あるいは、あらかじめそこにあったものは何であれ、その過程で撤去されて)築かれるものである。 (インゴルド『ラインズ』35頁)

インゴルド曰く、「表面とそこに築かれる構築物の所有権を主張する」点は、中世の西洋の制作物とは根本的に性格が異なるとしている。
大槻の絵の中の「囲い」は、そうした「近代的」性格を持っているのだろうか。


「水の窓」

この絵では、格子が途切れていたり、眼の下に隠されて目立たなくなっていることがわかる。
いや、それ以上に、線は揺らいでいるし、厳密な意味ではまっすぐとは言えない。
少なくとも、CADなどで引く線や、エクセルが各セルを囲う線とは大きく違っている。


小さい頃に遊ぶとき、「ちょっと待って」(関西弁的に言えば、「ちょいたんま」)と、おにごっこなり、かくれんぼなり、色鬼なりの中断を申し出るとき、足先で地面に円を描くことがあった。
そこが「無敵ゾーン」になるという印。
あるいは、両手を自分の肩に添えるように、クロスさせて、同じ言葉を言うという作法もあった。
自分の身体に、腕が作るバツ印を重ねることで、「わたし」を守り、中断することができるという証だった。
いずれも、「わたし」や「わたしのいる場所」を囲ったり、秩序ある線を重ねることで、「こちら側」を守ろうとする原初的な発想の現われのように思える。

そうした発想は、「家画」にも垣間見える。

「家画」

しかし、赤の枠を見ればわかるように、ここでは、囲うことそのものが頓挫している。囲おうとする、線を引こうとする欲求だけは残しながら。
世界を整え、秩序を維持したいのだが、それを完全に果たすことはできない、というように。



線を忘れる、線を裏切る


小さい頃、遊びに興じる子どもは、必死に線を引くのだが、そうして引いた線の多くを、人は忘れているだろう。
大槻は、会期中に、こうつぶやいている。

会期中に作品がじわじわ変化している事や、24時間でアーカイブが切れるインスタライブで作品解説していたりするのは「あれ、前どんなこと言ってたんだっけ?」みたいなものが特に今回の展示では必要だと思ってるから。どこまで実感出来るのか、覚えているか、大事に思うのか 2017/11/23

私たちは、知らず知らずのうちに、ありうる無数の可能性の中から、自分の引こうとする線を選び、線を引いている。

「消えないように線を引く」

この写真と併せて、「勢いのある線にみえるかもしれませんが、面としてじっくり色を乗せながら描いています」と書いている。
「私はやはり、クッションや絨毯の柄、あと線香、植木鉢のような形や、墓石のような塊を描いた時に、家を感じるようです」と続けられていることからわかるとおり、それは、慎重に選ばれ、引かれた線だ。2017/11/16
(私たちは、この言葉を、「選び育つ」の絵に添えられた、「選ばないと育たない」という言葉に、直接重ねて読んでいい。育つことには、選ぶことが、線を選ぶことが、付きまとう。たとえ、近代的な成熟とは異なる姿であっても、そのとき何かが「育って」いるのかもしれない。)


「かがみ」

少女の顔や胸のあたりを、はっきりと引かれた、不規則な楕円が取り囲んでいる。
画像が小さいために確認しづらい人もいるだろうが、そうした取り囲みの線を越えて、少女の絵は、展開されている。

この少女に重ねるように誰かが引いた線は、当の少女によってはみ出されている。
実は、こうした展開は展示内で執拗に繰り返されている。

「宿」

家を守るように、鰻のように描かれた紐のセクションと、家のセクションは、色で作られた境界により分割されている。
とはいえ、その家の切っ先は、海底のような濃紺のエリアに突き出して展開される。

他にも類似の目立った例は、枚挙にいとまがない。
展示空間、右方の両側に飾られていた長く大きい二つの作品は、継ぎ合わされた紙であり、それにより作られた格子状の模様に沿っているかに見えながら、各所で、そうした線引きを越えていくようなモチーフが描き込まれている。
(以下の写真に写った、長い作品にも、「格子」がある。)



アメリカの哲学者・心理学者のウィリアム・ジェイムズは、私たちは、規則的な事物を探しながら生きていると考えた。
点と点を結ぶ、見えない線を引きながら、私たちは世界に秩序を作り、名づけ、数えたり取り扱ったりできるものにしていく。
しかし、話はそれで済まない。

私たちが探すのは、もっぱら規則的な類の事物であり、それを器用に発見し、自分の記憶に保存していきます。それが他の規則的な類のものと共に蓄積され、その集積が私たちの百科全書を埋めるのです。しかし、規則的な事物の間にも周囲にも、誰も一緒に考えたこともない諸対象の、私たちの注意を未だ惹きつけていない諸関係の、未確定で名の知れない混沌(an infinite anonymous chaos)が横たわっています。 William James, The Varieties of Religious Experiences, Dover, p.439

私たちが引く線を、線を重ねられた対象は常に裏切っていく。
私たちは、何か中身のあるものを取り扱っていると信じ、日常を送っているのだが、それは勘違いかもしれない。
本当は、不可解で規定されない混沌、私たちの知らない秩序が、そばに蠢いている。



構成する/侵入する断片


ティム・インゴルドは、フリーハンドで線を引くときと、定規を使って線を引くときを区別している。少し長いが、見ておこう。

徒歩旅行(wayfaring)の場合、旅行者はある場所に到達してはじめてそこに至るまでに自分が辿った経路を把握したと言える。歩いているあいだずっと彼は、進むにつれて変化しつづける眺望や地平線と連動する小道に注意を払わなくてはならない。あなたがペンや鉛筆を持つときも同じである。書くあいだずっと、書き進める方向に注意しながらそれを調節する必要がある。だからいくらか捻じれたり曲がったりすることは避けられない。輸送手段(transport)を用いる場合、徒歩旅行とは対照的に、旅行者は出発前からすでに経路を設定している。旅行とは、ただその筋書き(plot)を実行するだけのことだ。二点を結ぶために定規でラインを引くときもまったく同様である。定規をそのまっすぐな縁が二つの点に接するように置くだけで、ペン先や鉛筆の先端は、描かれる前から既に完全に決定されている。(中略)定規が使われるや否や、徒歩旅行をおこなうペンの本質であるリスクの高い技は、まっすぐ目的地に向かう確実な技へと変化する。  インゴルド『ラインズ』248頁

インゴルドは注意深く、現実の複雑さに注意を払っている。近代的な輸送(transport)も、完璧・理想的な直線ではなく、実際は常に「徒歩旅行の要素」を含んでいる。
同様に、「完璧にまっすぐな直線を――定規を使ってさえ、引くことなどできるものではない」。
定規がずれるかもしれず、手の動きでペンの角度が変わるかもしれず、ペン先にかける圧力を一定にすることは困難だ。そもそも、現実の定規が欠けたり歪んだりしていない保証はない。
(興味深いことに、「さらに言えば、ラインを引くには時間がかかる」と当たり前にも見える指摘をインゴルドは強調しているのだが、話が長くなるので割愛しておく。)

ここから導き出せる教訓は、私たちが、何らかの対象を、つまり、世界を把握しようとすべく、世界に描き込む線、境界線は、徒歩旅行のように曖昧で揺らいだ要素を備えている、ということだ。
恐らく、大槻の作品は、これを地で行くものだ。

「柱」


先に見た、「宿」という上下で色分けされた作品では、上に鯰か鰻のように、黒く曲がった線が描かれていた。
そこから示唆されるのは、そうして描き込まれる線自体が、時折人間の理解を越えて、動き出す「あちら側」のものかもしれない、ということではないだろうか。



異なる時間に見た同じ風景を張り合わせたような、ばらばらの時間に、ばらばらの人が見た思いを張り合わせたように背景は区切られている。
その区画化された秩序同士が、曖昧に溶け、混じり合い、重なっている。境界侵犯が起こっている。
(私は、2015年の大槻の個展「わたしを忘れないで。」を捉えるために、境界侵犯という言葉を使用した。そちらも参照のこと。)

ここでは、それ以上に、少女を線が貫いていることに視線を振っておきたい。
何かを別のものと区切ることで、私たちは世界を理解している。線を引くことは、こちらとあちらを分けたり、わたしを守ったりするためのものではなかったのか。

アメリカの哲学者、スタンリー・カヴェルは、エマソンの次の一節に注目している。

「私たちが最も固く握りしめる(clutch)とき、どんな対象も私たちの指から滑り落ちてしまう。私は、この虚ろさと儚さを、私たちの条件の最も不格好な(unhandsome)部分とみなす」とエマソンは書いた。  (S. Cavell, Conditions Handsome and Unhandsome, Chicago, p.38)

ハンサムといっても、イケメンとは(さしあたり)関係がない。ハンサムには、「整った」という意味があり、そこから、「格好」とか「結構」のよさという意味合いが導かれている。
手の中に――手の格子に――収めたそばから、それをはみ出していくという世界の捉えどころのなさ、究極的な掴み切れなさがある。
カヴェルは、この「手(hand)」のニュアンスに注目し、人間である限り避けることができない「条件」として、掴み切れなさを位置付けている。
私たちは、不格好(unhandsome)な条件から逃れられない。

手を逃れる。私たちの把握を超える。
私たちが考えていたのとは違う秩序が存在する。
そうした感性を内面化したジャンルを私たちは知っている。
「ホラー」だ。
「ホラー」ないし「怪奇的なもの(the weird)」は、「私たちの考えているのとは違った仕方で、世界は動いているのかもしれない」という感覚に訴えるものに他ならない。

ある種の「ホラー」が、鑑賞者のために、謎解き的に構成され、それゆえ精緻で確固たる秩序として描かれてしまうのに対して、大槻の描く、異なる秩序(たち)は身近さと突飛さがあり、それらの侵入は、そっけなさで特徴づけられているように見える。
私たちは、日常的に不可解なものに侵入され、それらと相互浸透している。そうした感覚を彼女の絵は表現しているように思われる。

大槻の絵では、フィリップ・K・ディックほど異常でない仕方で、筒井康隆ほど突き抜けない仕方で、ぽこぽこと「何か」が「何か」溶け合っている。
(もし、そう確言してよいなら、以上のことが、大槻が本の表紙を描くとき、しばしばホラー小説のそれを描くことになるのかの説明になっている。)



何かが侵入すること、可能性がこびりつくこと


思えば、大槻の絵には、異なる秩序の侵入、異質なもの(かもよくわからないもの)がぽこぽこと侵入する絵が多数あった。



「家05」




規則性があるのかないのかも判然としない図形、線、面、色、不可解な生物(?)が、どんどんと侵入し、境界を揺らがせている。
いや、そもそも、それが人間の生なのではないか。

様々な、異なるリズムを持った断片に取り囲まれている。私たちは線を選び、線を描く。しかし、そのときですら、線を「完璧に」引くことはできない。
そうした線を裏切るように、世界は展開していくし、その線自体が、私たちを離れ、私たちの生に侵入し、折り合い、重なっている。





小さな四角を反復し、格子を構成するように、多くの断片としての絵――絵自体が、何らかの秩序に従って作られたもので、それが寄り集まって何かを構成しているのであれば、そう呼んでいいだろう――が、並べられることで、何らかの秩序を構成しているかのようだ。
(恐らく、大槻の展示自体が、そうして線を描き、秩序=星座を描くことでもあるのだが、話が長くなるので指摘に留めておく。)
(大槻の「整列」や、グッズの陳列は、秩序維持のジャンクな戦略として提示されているという見解は、「神なき世界のおまもり」(2016)に関連して書いたことがある。)

最も特徴的なのは、「ゆめしかちゃん改」だろう。


「ゆめしかちゃん」を取り囲むのは、無数の器であり、読み取ることも困難な文字の断片だ。
私たちがグッズを買い、絵を買い、服を買い、電子機器を買いそろえて、ツイートで自分を構成するとき、私たちは、「(現に)そうであるわたし」と、「(現に)そうではないわたし」を線引きしている。
数々の可能性を捨てて、今の自分を維持・構成しようとしている。
そして、そのとき、秩序維持に使うものたちは、他人にとって取るに足らないものであることが多い。砕け散った文字のように。

しかし、フジツボのように、ゆめしかちゃんのベッドや、ゆめしかちゃん自身に、色や図形が侵入しているように、それとは異なる無数の秩序が、彼女に侵入し、張り付いて、溶けている。
それを取り除くことは難しそうだ。

このこびりついた無数の何かは、「そうではない」として忘れてしまった秩序の断片、自分が描きえた秩序の欠片だとみなせないだろうか。
それは、引けたかもしれない線かもしれず、誰かが同じものを見て引いた線かも知れず、かつて自分が引いた線かも知れない。
私たちが「現実」として小ざっぱり収めている枠のすぐそばに、こびりついた可能性の断面を垣間見ている。おどろおどろしく、蠢く可能性の欠片を。

私たちは何かを選び、線を引き、当てはめるが、現実がそれに収まることはない。
常にそれを裏切っている。線は越えられる。時に忘れられ、放棄される。
しかし、漏れ出し、侵入し、こびりついた秩序は、今手にしている秩序を破壊することなく侵犯し、私たちの生を取り囲んでいる。
(多分、そうして「わたし」の境界を揺らがせて、それは、いつでも変化しうるし、変化するものだということを思い出させ、変わるよう誘っている。)



この絵と共につぶやかれた言葉はこうだ。

見た目だけじゃなく自分で描いていて退屈でない線ってどうやれば出てくるんだろうと模索している感じもあり。。空虚さを描くには線と向き合う必要がある 2017/12/2)




追記:
2017年12月、12-27日、伊丹の「創治郎」にて、大槻さんの個展「がたんごとんひるね」が開かれます。

2017年11月26日日曜日

agoera個展「Missing」の感想

以前から気になっていたagoeraさん個展「Missing」が大阪のondoで開かれていたので、みにいってきた。


ここに表示する絵は、ondoのオンラインストアに表示されているもの(=買える)、ondoのツイッターに挙がっている写真など、ネットで見られるものに限っている。
以下、敬称略。




agoeraの絵は、記憶と同じくらいぼやけている。その感覚は、いくつかの絵を見れば共感してもらえることと思う。
実際、「懐かしい」と感じたり、「喪失感」というワードでagoeraさんの絵を特徴づける人は多いらしい。そうした感想は、この「ぼやけ」に由来しているのだろう。

Village


遠い記憶のようなぼやけは、「古すぎて誰が撮ったのかも忘れられた写真を見るかのように 、これらの絵をみなさい」と告げているようにも思われる。

窓辺#03

今、「写真」と言った。アメリカの哲学者ウィリアム・ジェイムズの文章の中に、こんな一節がある。
装置の外側から見ると、ステレオスコープあるいはキネトスコープの画像(pictures)は、立体性、動き(the third dimension, the movement)がない。動いているとされる急行列車の見事な写真(picture)を手にしたとき、ある友人が「この写真のどこに、あのエネルギー、つまり、あの時速五十マイルがあるっていうんだ?」と言うのを聞いたことがある。William James, The Varieties of Religious Experience, (Dover, 2002) p.502
 現前している対象を知覚する私たちが、その対象から感じ取る「感じ(feeling)」を、写真は奪い去ってしまう。それは、写しにすぎない。あるいは、ジェイムズのよく使う言い回しを借りれば、「原文」を「翻訳」したものでしかない。


Church


だとすること、これらの絵は何の「翻訳」だというのか。「原文」は何なのか。
ストレートに答えを探す前に少し寄り道しよう。

I'll wait for you

agoeraの絵には、女性が描き込まれることが多い。それは、『草枕』の主人公のように、どうしても動き出す女性を「絵画的な平面」に押し込むことのようにもみえる。
画中の人間はどう動いても平面以外に出られるものではない。平面以外に飛び出して、立体的に動くと思えばこそ、こっちと衝突したり、利害の交渉が起こったりして面倒になればなるほど美的に見ている訳にいかなくなる。これから逢う人間には超然と遠き上から見物する気で、人情の電気がむやみに双方で起こらないようにする。
こうした欲望を持った「画工」を主役とする『草枕』は、「図式的に言えば、奇矯な三次元の演劇的女性を美しい二次元の絵画的女性に変換したところで」閉じられることになる(福嶋亮大『厄介な遺産』59頁)。

寄せては返す

これらの文章は、まったく異なる文脈であるにせよ、写真のように見ることや、絵画的な平面に落とそうとすることは、「三次元」や「動き」を抑え込む役割を果たしかねないことを示唆している。

こうした特徴を、写真や絵画というメディアに本質的に帰属するかどうかは問題ではない。 写真的・絵画的な平面に紐づけることができるような、「美的な一瞬をとらえたい」という欲望を見出すことができさえすればいい。

茂る

 一瞬を切り取り、平面に収めるという欲望は、必然的に、「立体感」や「動き」を対象から奪い去り、原文の翻訳にすぎないものへ還元してしまうのだろうか。

つまり、agoeraは、ご多分に漏れず、平面化する欲望にとらわれているのだろうか。「focus」というタイトルの絵を、まさにこうした欲望の反映とみるものがいてもおかしくはない(が、これは鑑賞者に向けたショットであることに注意する必要がある)。

以下のような、植物がモチーフとなっている絵をいくつか思い出すといい。

浮かぶ光

こうした植物の絵は、記憶と同じくらいぼやけていることで視覚的な対象として平面で静止しない。
この植物に典型的にみられるように、agoeraの絵は、「超然と遠き上から」見ることを許さない、つまり、絵の中で「動き」を読み取るよう求めているように思える。

この絵には、「光」という視角的なタイトルがついているものの、「動き」を読み取った者の中には、音まで聞こえさせる。あるいは、絵次第では、風の冷たさまで。

Nancy

ともかく、agoeraのぼやっとした絵(という言い方はすごく貧弱だけど)は、「立体性」や「動き」のある瞬間を、その「感じ」ごと封をする装置ではないだろうか。
あるいは、そうした「感じ」を生じさせるための装置ではないだろうか。

agoeraの描こうとする瞬間が、切り取られた「平面的な一瞬」であるというより、gif.動画のようなシーケンスであり、その場に居合わせることで感じられた「感じ」を思い起こさせるものだということは、フライヤーか何かにも使われた下の絵からストレートに感じられるだろう。

Dance

agoeraの絵は、平面化された動きのない一瞬を保存しているわけではない。
むしろ、agoeraの絵は、かつて=そこに=あった「感じ」を、誰かによって生きられたシーンを、観る人の中に再演する装置のように私には思える。

このような視点に立つと、agoeraのぼやっとした描き方は、そこにあった「立体性」や「動き」を保存するために呼び出された戦略だと言えないだろうか。

要するに、この美的な瞬間を平面に閉じ込めたいという『草枕』的欲望と、「立体性、動き」などの「感じ」を奪い去ることへのジェイムズ的な心配を両立させるための方法として、「ぼやっとした絵」が描かれている、というお話。

そんなこんなで、いい展示でした(11月26日で会期はおしまい)




2017年9月12日火曜日

岡本健『ゾンビ学』(人文書院)を読む:近代、移動、資本

いつもお世話になっております。
ミルチこと、某院生です。

兼ねてからお知り合いだった、観光学者の岡本健さんの『ゾンビ学』(人文書院)を本日ようやく手にすることができ、読んでいます。
多くの書評やレビューの類はあるので、取り留めもない考えや思い付きを書くことにしたいと思います。


1.ゾンビと私


古めの知識人とか、大学教員が、かつてよく書いていた文章として、「〇〇と私」というたぐいのものがありました。
「寺山修司と私」とか、「マルクスと私」とか、そういう感じのタイトルは五万とあります。
そして、この種のタイトルの文章が苦手でした。

このタイトルの文章に反発していたのは、「お前の個人的な話なんてどうでもいいよ!!」「研究の話してよ!!」と思うからですね。
でも、ここはブログなので好きに書くのです。

何を隠そう、私はかなりゾンビが好きです。
小説とかだと、幽霊の方がモチーフとしてはずっと好きなのですが、ゾンビは映像としてかなり好きです。
幽霊+ゾンビ好きだった私は、学部時代に「幽霊」と「ゾンビ」を比喩的なモデルとして、現代のコンテンツ環境を論じられるのではないか?と考えていました。

当時どんなことを考えていたかを正確に再現するのは難しいのですが、多分、こんな感じです。
二次創作(n次創作)ありきのコンテンツ状況を切り分けるとき、二つのタイプがあるのでは?というもの。具体的には……

・幽霊型

二次創作の多さ、濃さが、「源泉」に当たる人間・場所や「原点」に当たるソフトなどの卓越性をますます高めるようなコンテンツ
→ある種の作品が反復されるごとに、色んな幽霊が「憑く」イメージ。

例としては、初音ミクを初めとするボーカロイド、それから声優(演じてきた各キャラクターが声優に「憑く」)。
上には、一次の「創作」を含めませんでしたが、もしかすると該当するかもしれません。
基本的には、人間や場所、ソフトウェアなど、それ自体が「器」のような、「空」のような存在を念頭に置いていたはずです。

・ゾンビ型

それに紐づく作品が、元の作品に「似た」「別の」ものとして、大量に存在していること。
フロイトの「不気味なもの」のイメージです。似たものは、そのものではないので、あくまで類似した存在であって、原作を根本的に脅かすようで、原作の存在感を際立たせているところがあると思います。
人間に似たものであるゾンビの残虐な非人間性が、かえって人間の非人間性を際立たせる、という描き方をしたゾンビ作品が無数にあるように。
あるいは、原作が噛みついて、どんどん感染者(=二次創作)を増やしていくイメージだったかもしれません。

どんなことを考えていて、これをどうするつもりだったのかはわかりませんが(笑)、でも、それくらいゾンビが好きだったということです。

*毎日新聞で、関連インタビューがありました。*
*日経新聞で、関連インタビューがありました。*


2.ゾンビと移動性


第二章「フレームワーク・オブ・ザ・デッド」の移動/立てこもりの話が既に面白く、今準備している研究発表の原稿と似ているところがあるので、思考が走り出してしまいました。

今準備している原稿の、ほんの一部ですが、要約するとこういうことを言っています。

前近代は、全てが「一望できる」範囲に収められていることが重要で、人間の記憶や注意などの能力が及ぶ範囲に、人口や国土などが制約されていた世界だった。
しかし、近代は、新しい技術・メディアの誕生、移動の自由、交通革命、メディア産業(特にジャーナリズム)、国際関係の成立などによって、「閉じられた地域」を越えて、様々な情報が各個人に押し寄せている。
ということは、自分の直接見聞きしない、観察しないことについて何らかのイメージを持つことを日常的に強いられる時代なんだ、今は。

こういう感じの話です。
(この要約は、W.リップマンのメディア論の前提になっている基本認識の一つに相当します。)

『ゾンビ学』52頁の「ゾンビコンテンツの時間軸」を前近代世界に当てはめると、面白いことが言えそうです。
前近代世界では、多くの人が閉じられた範囲で生活を営んでいて、腰を下ろしていた。いわば、集団的な引きこもりです。
そういう場所で、「ゾンビ・アウトブレイク」が起こったらどうなるか。ゾンビが根絶できないとしたら、ほとんどの人がゾンビになってしまうはずです。
しかし、せいぜい人口は知れているでしょうから、たちまち事態(=ゾンビ・パンデミック)は収まるでしょう。
ゾンビの側も、食すべき人肉が限られているので、(ゾンビが改めて死にうるとすれば)食べるものがなくなると、すぐに死に絶えるかもしれません。

こういう世界で、新たにドラマが起きうるとすれば、既に大半がゾンビ・パンデミックでゾンビ化したその村・町を、「旅人」や「行商人」のような人が訪問したときではないでしょうか。
どういうことかというと、大抵のゾンビものでは、どこかのタイミングでは、「人間が新たにゾンビになりうる」という拡大可能性をストーリーに織り込まねばならないからです。
これは、「ロンドンゾンビ紀行」みたいなコミカルな作品でも同じだし、『さんかれあ』みたいな作品でも同じです。
大抵は、誰かがゾンビにならないようにうまく収めていたとしても、時々は「ゾンビになる(かもしれない)」という緊張が求められるからでしょう。

翻って、集団的に引きこもる前近代世界で「ゾンビもの」が成立しづらいのは、その系の規模が小さく、また閉じられているからだと言えそうです。
「G→W→G'」的な意味で、ゾンビものは、常にゾンビになりうる新しい人間が次々と投下されていくことで駆動されていくのかもしれません。(ここでは、スリルが生み出されさえすればいいので、実際に誰かがゾンビになってしまう必要はない)

だとすると、前近代では、新たな人間が資本投下されづらい、新陳代謝(の可能性)が生じづらいので、描きにくいと言えそうです。
新たな感染可能性が、物語にサスペンス(緊張)を与える、と言った方がわかりやすいでしょうか。前近代は、系が小さく閉じられているので、新しい感染可能性が小さくなっている。

実をいうと、これを実際の「近代」「前近代」に対応させる必要はなくて、系の「開/閉」と、その規模の「大/小」で語ることのできる問題だと思います。
多くのゾンビもので、登場人物たちが次々と移動するのは、物語の流れからそうするわけですが、この観点から見ると、新しい感染可能性を求めて移動させられていることになります。

以上のざっくりした話を踏まえると、交通革命が起きた19世紀以降、農村から産業労働人口が流入して都市化した時代というのは、系の「開/閉」の面から言って、非常な画期だったと言えそうです。
(107-9頁辺りは、電話やラジオというメディアがゾンビ作品内で果たす役割が描かれていて、系の「開/閉」を考える上で、重要な取っ掛かりになりそうです。
また、「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」などを論じた246-53頁も、「移動」ないし「立てこもり」を論じていて、直接つながりそうな話があります。)


3.フードツーリスト


この観点から最も興味深いのは、ゾンビをフード・ツーリズムの実践者に喩えた11章「死霊のたびじ」です。
この見通しは、二つの観点から面白く読みました。

①資本主義の原理をいくつものレイヤーで反復している点を描き出していること。
新たな感染可能性を要求するゾンビ作品/新しい食事を要求する飢えたゾンビ/新しい商品を要求する飢えた消費者/新しい情報を求め続けるツーリスト
マルクス言うところの「G→W→G'」のイメージです。

②それが「ツーリズム」つまり大衆観光以降の話を念頭においている以上、まさに、ゾンビが近代的な問題だということに触れていること。
先に触れた、系の「開/閉」や、その規模の「大/小」という問題が、前近代と近代を分かつ分割線になっているのだとすれば、ツーリズムを通して、近代について考えている章になっています。
この画期をもたらしたいくつかの重要なメディアや技術については、ゾンビ映画との関係で考察する余地があると思います。船、電車、飛行機、新聞、電話・電信、ラジオ、それらに関する産業、移動・居住・職業に関する権利……。

あまり本文の内容に触れていない上に、すごく雑駁でまとまらない感想ですが、この辺で。
面白かったですー。


2017年8月30日水曜日

「揺らぎの中のせいとし展」(2017)@創治朗

大槻香奈さんがキュレーションした「揺らぎの中のせいとし展」(2017)を見てきました。
(大槻さんは作家としても参加されています。)


伊丹駅のそばにあるギャラリー、創治朗にて、8月11日から9月2日まで開催されています。

過去に、大槻さんの個展について感想を書いたことがあります。
個展「わたしを忘れないで。」(2015)
個展「神なき世界のおまもり」(2016)
感想と批評の中間のようなものでしょうか。
今となっては赤面なしに読めないような拙い文章ですが、それぞれの個展に関する大筋の見方は変わっていません。

こうやってみると、一年に一度は展示を観て、感想をだらだらと書いているんですね。
私は、主としてアメリカの思想と文化を対象に、研究をしています
研究なので、大槻さんと違って、私の武器は「言葉」ですし、フィールドも違います。関心もかなり違うでしょう。
それにもかかわらず、ぽんと示された展示からは、自分と似たものを感じます。
(私が展示を見ているわけだから、そりゃそうなんですが)

似ているけれど、ある程度違う。
だから、自分の位置を捉えなおして、相対化するのに、大槻さんの展示からとてもいい素材ですし、「もっと遠くに行きたい」と思ったとき、類似の中の差異が、道標になるような感じがします。

御託はさておき、展示の感想にかこつけて、少し書いてみます。
しかし、今回写真を撮っていないので、雰囲気をパッと伝えづらいところがあり、個別の作品については踏み込まないでおきます。
どれもいい絵なので、かなり正確にどの絵も覚えています。

個別の絵に言及していないので、すごく抽象的で、展示の感想ともいえないようなものになってしまいました。
この感想でいいのか


1.「作家紹介」の中の、せいとし


SNSなどでは、この展示の名前が「せいとし展」と略されています。

せいとし。

大槻さんがブログで書いているのを読めばわかる通り、これは「掛けことば」なんですね。それも二重の意味とかではなく、色んな読みの可能な。
(この文章は、展示空間でも掲げられています)

該当箇所をピックアップしてみます。
()内の名前は、その文章が解説している作家の名前で、引用文は全て大槻さんが書いたものです。

吉田の言う "夢と現実" は、言い換えれば "過去と現代" なのかもしれませんし、また今回の展示テーマである「せいとし」に沿って言うなら、"死と生"とも言えるかもしれません。あらゆるものが混ざっているところに、超現実的なものを見たような気持ちになるのです。(吉田有花)
自分の肉体をもって生を捉えるのではなく、理想世界から自分の生を見つめることは、ある意味「死」から「生」を考える事に近く、きりさきの描く理想世界に対して、鑑賞者はどこか置き去りにされた人としての心を感じるかもしれません。しかし作品に漂うその違和感こそが鑑賞者と作品とを繋ぐ鍵となり、現代日本における「生」(性)について、その考えを存分に巡らせる事ができるでしょう。(きりさき)
制作のテーマは「性と死」。そうして生まれたものは強さという概念を具現化したようなもので、実際には涙を流したり傷を負っていたりするけれど、決して負けないでいる姿勢を描いており、作品を通して、苦しみながらも戦い続ける人の生き方そのものを肯定しています。(hima://KAWAGOE)
生きる事と死ぬ事。私にとって生きる事とはおおよそが苦悩する事であり、死ぬ事はゼロになる事(なにもなくなる事)です。けれどもそれはあくまで自分自身の事であって、他人に感じる生と死はまた違った形にみえています。(大槻香奈)
中村自身が、全ては世界を維持形成するための一部分でしかないと考えている事から、作品には現象そのものが描かれており、「生」と「死」に関しても等価に扱われているような印象を受けます。(中村至宏
揺らぎの中に自分の身をまかせる時、あなたはそこでどんな気持ちでいるでしょうか、と。「都市」の人ごみの中で「静」かに問いかけます。(Ayako Ono)
大槻さんのブログと違って、展示空間に入ったときに観るであろう順番に引用してみました。
引用箇所以外にも、「せいとし」に絡めた部分はありますが、文章中に出てくる「せいとし」の掛けことばパターンはこれで出揃ったかと思います。


2.可能な「せいとし」


目の前に便利な箱や板がある人は、それで文字を打って変換してみればわかることですが、この展示の作品に絡みそうな「せいとし」の掛けことばパターンは、上に示したもの以外にもたくさんありそうです。

重複も含めて、ざっくばらんに挙げてみると……

生と死
性、都市、愛し(いとし)
静 止、生徒、詩、史、

他にもあるでしょう。
ここでは、二つのことがおさえられたら十分です。

  1. 様々な作品、多様な作品が提示されているにもかかわらず、「せいとし」という言葉から見ることで、それらの作品(・作家)が、ゆるくつながりあっていることが、「作家紹介」において語られている、ということ。
  2. そのような繋がりを可能にする共通の特徴は、「生と死」「性」「静」など、「作家紹介」に書かれたものに限らず、ぽろぽろといくつか見つかりそうだということ。

これです。

3.せいとしの、家族的類似


家族的類似(英:family resemblance/独:Familienähnlichkeit)という概念を、補助線として引きたいと思います。
ドイツの哲学者、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインがPhilosophical Investigations 『哲学探究』という本で有名にした言葉です。

(余談ですが、この概念はヴィトゲンシュタインが「考案した」ものではありません。哲学が専門の研究者でも知らない人が多いですが、この辺、英語のウィキペディアはちゃんと冒頭に書いてくれています。「家族的類似は、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインによって有名になった哲学的観念である……」と。英語版ウィキでは、ニーチェから借りたとありますが、私は、ハーバート・スペンサーの教育哲学に関する本で、「家族的類似」という言葉を見たことがあります。以前から存在していた言い回しのようで、ラテン語の用例もあるようです(論文へのリンク)。)

せっかく英語版ウィキペディアに言及したので、説明もそこから引っ張ってみましょう。
家族的類似〔という概念〕が示すのは、ある一つの本質的な共通の性質によって、結び合わされていると考えられえた事物(things)が、実は、重なり合う一連の類似性によって結び合っているということだ。しかもそこでは、どんな性質も、その事物全てには共有されない。
ウィトゲンシュタインは、ゲームを例に挙げたので、私もそれでがんばってみます。

チェス、鬼ごっこ、蹴鞠、にらめっこ、じゃんけん、スプラトゥーン、コール・オブ・デューティ(COD)、ゼルダ、スカイリム、Mountain……
これら全てに共通する「本質」なんてあるのでしょうか。

CODとスプラトゥーンは、どちらもFPSですし、ゼルダやスカイリムは、どちらもオープンワールドです。それに、この四つはいずれも「(広義の)ビデオゲーム」に当たります。
けど、ビデオゲームだけがゲームではありません。チェスや将棋はどうでしょう。
ルールとプレイヤーの存在という特徴だけでは、他の社会生活とうまく区別できません(例えば、裁判はルールもプレイヤーもあります)。
さらに、ほとんど操作できないMountainというゲームはどうでしょうか。
コマなどを操作できるということで、ありとあらゆるゲームに「共通の性質」を考えるのも難しそうです。

あまりうまい説明とは言えませんが、そんな感じです。
これを満たせばいい、と言えるような「ゲームそのもの」、「ゲームのイデア」という考え方は、現実に即していないんじゃないのか、という雰囲気を感じてもらえればひとまずオーケーです。

この複雑な実情をどうやって考えればいいかというときに、頼りになるのが「家族的類似」という発想です。
「家族」というメタファーを考えてもらうとすぐに雰囲気はつかめます。(広く「親族」「親戚」くらいの範囲まで含んで「家族」と捉えてください。)
ヴィトゲンシュタインは、こう言っています。
……ある家族のメンバーに成り立つ様々な類似、例えば、体格、顔立ち、瞳の色、歩き方、気性などは……重なり合い、交叉し合っている……。『哲学探究』

父と母の見た目は、大抵、似ていないはずです。
血がつながっていないわけですから。(夫婦は似てくるとは言いますが、それはさておき…)
しかし、息子は、母の「眼」とすごく似ていて、父の髪質とすごく似ているかもしれません。話し方は母に似ているかもしれませんし、関心は父に似ているかもしれません。
娘は、母の「鼻」や「背の高さ」を受け継ぎ、父の「口」や「耳」が……

うちの家族はみんな「わし鼻気味」とか、「背が高い」とか言う人もいるかもしれません。
しかし、それも、家族の全員が当てはまっているといえるかはびみ
とはいえ、父のわし鼻度は、他の三人に比べて低いかもしれませんし、母の身長は他の三人と比べて少し低いかもしれません。
とすると、間違いなく共有している「本質」みたいなものは、ないんじゃないかと言えそうです。

ある講義録では、こう説明しています(引用する際に、わかりやすく書き換えています)。
普通、〔私たちは〕ある一般名詞が指す対象のすべてに共通な何か〔=本質〕を探す傾向〔を持つ〕。例えば、すべてのゲームに共通なものがなければならない[という思い込みだとか]。この共通な性質を根拠にして、一般名詞である「ゲーム」を、様々なゲームに適用して使っている、と私たちは考え勝ちだ。しかしむしろ、様々なゲームは、一つの家族を形成しているのであり、その家族のメンバーに家族的類似性がある。家族の何人かは同じ鼻を、他の何人かは同じ眉を、また何人かは同じ歩き方をしている。そして、これらの類似性は重なり合っている。『青色本』

要するに、家族が共有するのは、様々な「重なり合う特徴」である。
まぁ、こんな感じのイメージです。


4.本質の欠如としての「空虚」


愛そのもの、正義そのもの、ゲームそのもの、机そのもの……
様々な個別の「愛」や「ゲーム」などを貫通して、当のものを成り立たせるような、共通「本質」はなさそうだ、という話でした。

これは、哲学が古代ギリシアに始まって数千年、哲学史の流れの中で、天才の中の天才が議論し続けてたどり着いたところです。
「まぁ、ひとまず、本質とかイデアみたいなものはないって考えていいんじゃないか」と。
誰がどう言って、何を考えようと、文化や時代が違おうと、どんな工夫をして確かめようと、ともかく決まりきった「本質」なるものーーこれはなさそうだ、という主張です。
(こうした立場には、「反哲学」「反本質主義」「反プラトニズム」など色んな名前がありますが、大まかには一緒のことを言っています。)


哲学を雑な仕方で説明するのが目的ではないので、この辺で切り上げますね。

で、何が言いたいかというと、こういうことです。
「揺らぎの中のせいとし展」は、コンセプトの家族的類似で成り立っている展示だと言えそうだ、ということ
それゆえ、
満遍なく、間違いなく、みなが同じものを共有しているなんて信じていない展示だ、ということ
その限りで、
反本質主義(=本質みたいな考えに反対する立場)をとっているということ

そう考えると、大槻さんが繰り返し言及する「空虚」という概念は、「本質の欠如」のことを言っていると言えるかもしれません。

みんなが間違いなく共有する「本質」みたいなものを中心におかなくても、それぞれが似通っている「断片」を、ばらばらに共有しあうこと。
大槻さんの「かみ解体ドローイング」の試みも、そういう風に捉えることができそうです。
パルタジェ(分有)というやつです。

ピザのシェアを思い描くといいかもしれません。
それぞれが分かち合ったピザの一切れは、隣のピザと似ているかもしれません。
モッツァレラとバジルとトマトの乗ったピザであっても、ある一切れには、運悪く「トマト」が全く乗っていないかもしれません。
乗っている具材を、「共通する性質」として、分け合ったものの本質かのように語ることはできません。
そういうイメージでしょうか。

絵も出さずに、むっちゃ抽象的なレベルで話しててすみません。
(個別の作品にも、かなり感想はあるんです!
展示されていた中村さんの絵は、nearで観たときからずっと記憶に残っているとても好きな作品でした、みたいな思い入れとか、吉田さんの絵の注目すべき細部だとかをとりあげたりとか。。)


5.類似は一人で作ることができない(?)


在廊中の大槻さんとお話して面白かったことがあります。
あまり勝手に話すのもどうかと思うので、気になった話題の核心だけ取り出すと、
「私はかつて全部を一人でやろうとしていた」と仰っていました。
様々な表現を、同時に、たくさん、一人でやろうとしていた、と。

多様なことをやっても、ある人がそれをすると、「これとあれは、分野は違うけど、自分としては同じことをしていて……」と自分でも説明したくなるかもしれませんし、周りで見ている人も、「あれと、それは繋がっているんだろうな」と同一性に回収したくなると思います。
つまり、諸々の活動に共通する「本質」みたいなものを、どうしても語りたくなってしまうと思います。

もちろん、人は変わるし、成長するので、そう単純には言えません。
しかし、一人の人が「似たもの」を作っていたとすれば、周りで見ている人は「同じこと」だと判断したくなる(=「同一性」に回収したくなる)ことは間違いないでしょう。
「まぁ、同じ人のやることやし、直接どこかでつながっとるやろ」と考えたくなるとでも言えばいいのか。

自らキュレーションして、作家としても参加して、展示を構成する、というのは、チームとして作品を作っていこうとすることだと思います。
あるいは、家族として。

他者との協働すると、いくら事前・事後に打ち合わせしたところで、自分の想定と全く同じものが成果として出てくるわけではないでしょう。
あくまでも、「類似」しか構成できない。
でも、そもそも、人が一人ですることが、同一性に回収されてしまって、「共通する性質探しゲーム」を生み出してしまうのだとすれば、家族のような「類似」しか構成できないことはむしろ利点のように思えます。
(「似ている」ことは、「同じ」とは違うので。)

ツイッターでは、こんな発言もありました。
今回展示を企画したいと思ったのも、自分の作品だけでは表現したい事が形にならないと実感したからでもあるのだけど。それぞれの作家の良いところを観て欲しいという気持ちと、各作品の対比を眺めながら、なんとなく実感として「平和な時をどう生きるのか」を伝えたかったのだと思う。 #せいとし展

そこに「共通する性質」=「本質」を見出したいという人情に抵抗するために、類似をたくさん作り出して、「家族」を構成すること。
そうしたズレ、揺らぎこそが、創造性の源泉であって、予想もしないものを生み出す力であるとすれば、本質を欠いた形で、様々な「類似」を生み出していくことが、チームでやることの利点なのかもしれません。

類似しかないとしても、ただ別々に観てもつながりを見出しづらいとしても、一定の文脈を整理することで、大まかに共有していることもあるんだと伝えることができる。

(と、最近、大学教育に関する投稿中の論文で、教育活動のコミュニティ化みたいなことを言ったので、「ふむ」と考え直させられた気がします)

……と書いている、この文章は、まさに、大槻香奈という作家の「同一性」に還元しようという試みなのかもしれませんが。。笑
とはいえ、実際の個別の作品については、あまり言及していないことからわかる通り、これだけで全てを語ることができるような展示ではないと思います。

会期残り少ないですが、ぜひ。
(ちなみに、明日、8月31日はミクさんの10周年記念の日です。)