2013年4月26日金曜日

ユーストみたいに、坂上秋成『惜日のアリス』について語ること

・書店と本の話

坂上秋成さんが小説を出すということで、『惜日のアリス』を買った。

坂上秋成の初小説『惜日のアリス』が4月12日に河出書房新社から刊行
『惜日のアリス』刊行記念 坂上秋成×佐藤純一対談
『惜日のアリス』を読むための3冊(坂上さん自身によるチョイス)

この本を手に入れるのに、ちょっと苦労した。これは大体、京都の書店事情のせい。
京都は次々と書店が閉まっている。三条の紀伊國屋書店が閉店し、今年の1月で、河原町通のジュンク堂書店も閉まった。京都大学最寄りの書店である、レブン書房の後にはすぐに王将が入った。

紀伊國屋書店 MOVIX京都店 2011年9月30日(金)閉店
「ジュンク堂京都BAL店」1月末閉店、2015年春に再開業の予定
レブン書房閉店 80年以上の歴史に幕(2012.07.16)

とはいえ、創造都市・京都なので、未だに沢山あるのはあるのですが……。
何が困るって、研究書(人文社会自然科学の別を問わず)を沢山用意している書店がなくなることなんですよね。
他にも、宇野常寛さんが編集をやっているPlanets(惑星開発委員会)なんかは、今京都の書店で買うことはできなくなっちゃいました。ますます、Amazonに依存しちゃいますよね、こんなのじゃ。

……いつものように話が逸れました。
小説についても似たことが言えます。超ビッグタイトル(司馬遼太郎とか、村上春樹とか)は、どこの書店にもあるのですが、新刊だろうとなんだろうと、見つからないことって結構あります。
『惜日のアリス』も全然見つかりませんでした。なので、結局注文するはめに。
村上春樹の『色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年』も一緒に買いました。

なんでこんなことから書き出しているかというと、「ニュースの深層 伝説の編集者に聞く」ゲスト松岡正剛を聞きながら、書いているからですね。


「今、インターネット書店、通販の整備によって、本が探しやすくなってしまって、本のタイトルさえわかっていれば、一分ぐらいで買えてしまう。僕が高校生くらいの頃は、目的のものを買うっていうよりは、目的とは違うものとの出会いの場でもあった」(東浩紀)
この後に語られるのは、松丸本舗(松岡正剛が演出している書店)のこと。
Amazonのレコメンドは統計であって、「これを買った多くの人は、これを買っている」という客観的情報でしかない。その一方で、松丸本舗は松岡正剛の主観に基づいて、ジャンルではなく「意味」で本がカテゴライズされている。それは、松岡正剛の主観で分類しているということだ。
東浩紀は、語りの締めくくりにこう言います。
「ある一人の人間の主観によって作られた世界に触れるってことは、来店者が『他者』に触れるってことでもある」
本に出会うことは他者に出会うことでもあるわけです。
『惜日のアリス』を読んで、改めてそのことを考えさせられましたね。

自分が積極的に関わっている関西クラスタで、レコメンド書評リレーをしようという話もあったりして、そんなことも思い出していました。個人が主観的に仲間に薦めた本について、その人がまた主観的な言葉を残す。
さて、どんなものになるかは、その時を待たないとわかりませんが(´・ω・`)笑

松丸本舗についてはこちらを↓
松岡正剛『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』
松岡正剛さん『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』


・「面白かった」について


いよいよ話が逸れてますね……。
『惜日のアリス』、表紙は中村明日美子さん。中村明日美子らしい本って他にも沢山あるのですが、個人的には『鉄道少女漫画』が一番好きです。

小説本編の語りは、とても虚構的で、西尾維新のキャラクターみたいな話し方をする人が、日常には存在しないように、「芝居がかっ」ています。
大した共通点でもありませんが、村上春樹も演劇みたい。見られていることを意識しているみたいに、自分の振る舞いを飾っている。あの劇場性って、SNSや生放送で自分の生活情報を晒す時のみたいですよね。



中村明日美子さんで言うと、表紙絵の真ん中の少女は、帯を取ると結構頭身が奇妙で、ちょっと象徴的だなぁとか思ったりもした。

どんどん話が逸れてますね。いつものように、推敲も計画もせずに書いている上に、今は寝起きだからです。

結論から言えば、「結構」面白かったです。
いや、「かなり」面白かったです、と言うべきなのかもしれません。
「面白かった」というどうにもならない言葉の前にどういう副詞を付けるべきなのかは、まだわかっていませんが、とてもいい読書でした。
人にも安心して薦められる。


読書における「面白かった」という言葉は、ボカロ文化における「ミクさんマジ天使」という言葉に似ている。
誰も特権的な地位に立つことはできないから(誰も本や読書に関する現象や事実を網羅することはもはやできない)、それくらいしか言うことはできない。
だから、初音ミクについて、踏み込んだ言葉を語ろうとする時には、ある曲(具体的なコンテンツ)について語るしかなかったり、気がつけばボーカロイドではなくて、ボーカロイドを通してクリエイターについて語っていたりする。
全体について語ろうとする度に、その共同体の具体的な誰か(他者)や、具体的な誰かの世界について、言葉を紡いでいる。……それって、いいなーと思うのです。

・小説家、坂上秋成について


やばいw いよいよ関係ない話に……w

話を戻しますね。

失礼を承知で言えば(褒め言葉なので、内心失礼だとも思っていませんが)、批評家能力よりも、小説を書く能力の方が、間違いなく高いと思う。少なくとも、現時点では。(かなり誤解を招きかねない言い方ですけど)
批評家が書く物語は、面白くないことが多かった。これについては、坂上さん自身も言っていたことだった。
蓮實重彦の『陥没地帯』なんかは、そのわかりやすい(ダメな)例だと思う。あれよりもずっと、時代に向かい合っているし、ちゃんと「文学」だと私は断言できる。
そう、この小説は、「普通に」面白かった。
(『陥没地帯』もある意味ではちゃんと面白いけど、あれはどうにも狭いから。あの本を読み返す人は、『惜日のアリス』よりずっと少ないと思う。『惜日のアリス』は、ちゃんと誰かの心に残る本だと思う。)


別の観点からも話してみるかな。
この小説を読んでいる時に、「ああ、あの話か」と思うことが多かった。
私は坂上秋成マニアではないのでw 十分、詳しく知っているとは言えないと思う。とはいえ、坂上さんが消費してきたコンテンツや、前提としている文脈が、大まかにどんなものかはわかっている。
高橋源一郎然り、東浩紀然り、ピングドラム然り、中村明日美子然り……。

だから、この小説の背景にある(意図している)文脈を、結構知ってしまった上で、この小説を読んでしまった。
批評家だとか、編集にも携わっているとか、どこの誰とか知らないで、徒手空拳で読む人がうらやましいと思う。そういう人こそが、手にとってほしいと思う。
蓮實重彦の書いた小説は、「知らない人」には読めない小説だった。坂上さんの小説は、そうではない。むしろ、そうでない人にこそ、読む価値のある本だと思う。
そういう人が羨ましい。
知識を捨てて、文脈を捨てて読みたかったなぁ。
結構よく読めてしまったからこそ、全然よくわからない話として読めたらどんなのだったんだろうか、って思ってしまう。
ないものねだりなんですけどねw


・内容についてのメモ


この本の内容についてもっと具体的に触れるべきなのかなw
……そうですね。例えば、自分は、このレビューが一番好きです。

『惜日のアリス』というグルグル/失敗するための魔法陣
掛け値なしに面白いんです。ひとつの完成された読み物でした。
あとはこの辺り↓も面白かったです。

・『惜日のアリス』(坂上秋成・著)について(作家の今村友紀さん)
しょぼいクリエーターと付き合ったことある人にオススメ。素朴に読むか、読み込むか。坂上秋成『惜日のアリス』(Book News)
『惜日のアリス』と『lyrical sentence』のこと(佐藤さんのブログ。PVについてはこちらを参照)

算法寺という厄介な人物が出てくるのです。読書が好きだったり、批評を読んでいたり、創作に興味がある人間は特にそうだけど、万人が少なからず算法寺を心に持っている。
ほんの一滴かもしれないけれど、自分の中に算法寺を持っていて、だからこそ「くっそ、腹立つ」「イライラするなぁ」「うぜぇ」と思わされるのだと思う。
そんな風に、この物語の中の人物はみんな、少なからず「自分の鏡」で、それと同時に、自分の手のひらを越えていく「他者」でもありました。

合わせて触れるべきはマイノリティの問題かな。
多くの日本人が当たり前でないと思っている(錯覚している)ことが当たり前に描かれているということは、とても素敵だと思う。
ポストコロニアルとかのやっすい批評家の、「何々が描かれていない」式の批判って結構あったわけですが(黒人が主人公にならないとか)、そんな雑音も息をするように超えていける物語でした。

もう1つ思ったことがある。人物の性格について、「優しい」だとか、「こういうことをしてくれた」という描写をするよりも、USTREAMやAKB、安室奈美恵やボーカロイドでもいいけど、「こういうコンテンツが好きだ」と並べ立てられる方が、その人の感情や生活についての空想が簡単に生まれてしまうという事実に驚いた。
描写されない日常がどんなものか――そういう想像力が簡単に働く。
個人的にこれは発見だった。いや、改めて気付かされたというべきなのだろうけど。薄々みんな気付いていることだろうし。

長々と書いてますが、最後に一点だけ。
何度か出てくる印象的な言葉があります。
「ここは随分とあんたに優しい場所だね」

この小説を読んでいて思い出したのは、 吉田基己の『夏の前日』という漫画でした。
美大の、ちょっとだけ能力がある主人公(天才ではない)。塾で美大志望の学生を教える傍ら絵を書く。ノイズを嫌って誰かを突き放したり、孤独を感じて誰かを求めたりする。

「ありのままのあなたでいいよ」と気軽に全肯定して、一緒にダメになっていくことは結構ある。
この漫画も少なからずそうだし、「あなたに優しい場所」ってそういうことだと思う。
肯定しあって、痛いものから互いに守りあって、傷つかないで、変化もなくて、関係を続けるための努力もしないで、不満は我慢して、代わりに深い所まで自分を晒さないで、ある側面の自分しか見せないで――。

社会学者の開沼博さんが、福島第一原発観光地化計画や、フクシマの今後に関して何かを話す時によく「石を投げる」という言葉を使う。
「優しい場所」だけで生きている人は、石を投げることを忘れてしまうのかもしれない。石の投げ方も忘れるし、石を投げるという行為があったんだということもきっと忘れている。
人は、普通、大小複数のコミュニティに属しているから、その全てでそうある必要はないのだろうけれど、身につまされる話だと思った。
津田大介さんの言い方を借りれば、「寄り添いファシズム」でしょうか。
コミュニティや関係性を維持する時、石を投げることが必要なことだってある。誰かと関係を持っていて、それが自明化した時、私達は、関係の維持にはコスト(時間や努力、変化、妥協、我慢、石を投げること、精神的摩耗、お金などなど)が必要だってことを忘れてしまいがちですよね。
寄り添うだけでは、変えられないし、まさかの時には助け合えない。


いやー、案外この本について言いたいことが沢山あるなぁ。これでも言い尽くせない。このストーリーの美点は、読後に何か言いたくなることだと思う。不満かもしれないし、絶賛かもしれない。算法寺みたいな言葉かもしれないし、自己反省の吐露かもしれない。
とにかく、なにか言葉にしたくなる。



「虚構(If)を取り込む形で語られる現実」という体でこの小説は構成されているのだけれど、〈この現実〉を生きている私たちは、「(この)現実を取り込む形で語られている虚構」として、この本を読むべきなんだろうと思う。
どういうことかわからねーと思うが、騙されたと思って、いいから読んでくれw

虚構の世界は、存在しないものというよりも、「もうひとつの現実」だから、「この現実」が一滴染み込んだ物語として、小説を読めるんだろうな。


流石に、そろそろ書き疲れたからこの辺で。もっと言いたいことはあるんですけどね。PVとか、タイトルとか、名前のこととかw
またちゃんとレビューらしく書きます。
USTREAMで放送するように、だらだらと書きました。お付き合いありがとうございました。

とてもいい読書でした。小説家、坂上秋成にこれからも期待。


半分冗談、半分本気で呟いたこのツイート。
最後に椿いづみさんの『月刊少女野崎くん』を持ってきたのがポイントです( ー`дー´)キリッ
『夏の前日』で一緒に苦悩して、『月刊少女野崎くん』で笑い飛ばす。。みたいなw


2013年4月23日火曜日

超文フリとか、「都市のイメージ、イメージの都市」電書版販売について

追記→以下の同人誌の電子書籍版「都市のイメージ イメージの都市」を、ameroadにて販売中です。こちらをクリック

都市という言葉はとても厄介なものですが、私たちが避けて通ることのできない「住む」こと、「暮らす」こと、「生活」することについて広く考えました。

誰かとそこに「住む」ということ。他のどこでもなく「そこ」に住むということ。「誰か」とその都市を歩くということ(他者、景観)。その場所を誰かと「訪れる」ということ(観光)。ある場所について、何らかのイメージを持って思い出すこと(スティグマ、架空/現実の都市、風評、イメージの都市)。その場所でお金を稼ぎ、使うこと(働く、お金、労働、消費、浪費)。
……そういうものについて沢山考えました。
概要については、↓の大阪文フリのエントリも合わせて御覧ください。

都市について、小説の世界、スポーツ、歴史学、観光、労働……色んな観点から光を当ててできあがった本です。都市計画や土木に親和性のあるターロと、哲学や社会学を延々とやっている朝永ミルチで製作しました。 それが「都市のイメージ、イメージの都市」です。

電子書籍版の目次
元々は、4月14日文学フリマin大阪限定で頒布したコピー誌でした。要望があったので電子書籍化し、今回委託販売させていただく運びとなりました。表紙絵や裏表紙、目次に至るまでかなりコンセプチュアルに作っていると思います。……多分(´・ω・`)
購入頂いた奇特な方に楽しんでいただけると幸いです。

また、既に紙のものをご購入頂いている方に関しましては、サイトのプロフィールに記載されているメールアドレスからご連絡頂くか、こそっとDMなどをしてくだされば、確認の上で電子書籍版(pdf形式)も差し上げます。

表紙については、文フリin大阪に関するブログ記事を見てくだされば、と思います。

つきましては、来たるニコニコ超会議の同人誌即売会において、「都市のイメージ、イメージの都市」の電子書籍版を、フミカレコーズのブースにて委託頒布させていただきます。
現地でお金を払っていただき、私たちの連絡先等や概要、電書受領までのプロセスを記載したプリントを引き換えに受け取っていただきます。
頒布価格は500円の予定です。ア-04筑波批評ア-03との合同ブース)です。
電書のプラットフォームなどで、一般に販売するかとかは決めていません。

右にも晒していますが、目次を略式で下にも書いておきます。


①架空(イメージ)の都市、現実(イメージ)の都市
・貴志祐介『新世界より』 p1~
 朝永ミルチ論考 「出口のない世界と、他者になれない他者」 p2~
 ターロ論考 「人間の都市観とバケネズミの都市観」p9~
 ターロ、朝永ミルチ:座談会「新世界よりを語り尽くす」 p12~
  まえがき、★0新世界からの贈与、遺産の前借り p12~
  ★1ヴェネツィアと神栖町 p13~
  ★2観光と都市、イメージと都市 p17~
  ★3都市のイメージ p21~
  ★4条法統制と、教育と料理 p23~
  ★5他者と未来とコンテンツ p26~
  ★6想像力が更新し、イメージする未来 p30~ 
新世界よりを/で様々なことを語っています。新世界よりというコンテンツの持つ、道具立ての有用性を感じました。 新世界よりを楽しめなかった人も、楽しめた人も、これで一層楽しめるはず。
『マルドゥック・スクランブルヴェロシティ』  p33~
 ターロ論考 p35~ 
骨太のコンテンツにケヴィン・リンチとかで挑んだ感じ。 当初は、神林長平の『ぼくらは都市を愛していた』も関連させようとしていた。代わりにブックガイドで触れている。
・小川一水『煙突の上にハイヒール』 p40~
 ミルチ論考 p41~ 
ガジェット的な観点。町をどのように眺め、歩くのかという観点。場所の記憶について(土地を捨てられない人間と「ねこ会議」について)。あり得ないコミュニケーションが成立したオープンカフェのお話。ばらばらな存在がばらばらのまま歩く――そういう風景が普通に「町」に存在するってどういうことだろうか。……みたいなことを考えていました。
②寄稿パート
 小林勝平 「サッカーと都市」論試論 p48~
 すたれびと 歴史学と都市―What is city?  p50~ 
「観るサッカー」と「するサッカー」。歴史学からみた都市。歴史的な都市の変遷。諸々は、読んでみてのお楽しみ! 
③旅行記
 ミルチ 「前文 観光と旅行記と、〈実況〉の魔法」 p53~
 N 東アジア紀行 上海→ヴェトナム→カンボジアp55~
 ルーキー シルクロード旅行記 p59~ 
前文では、観光地の郊外化、観光のまなざし、『孤独のグルメ』を観光的に読むなどのお話を。ひきこもりですら旅行に行きたくなるパートです。「本を持って、町に出よう」
カピバク、ターロ、朝永ミルチ:座談「労働と、労働と都市」
 一、労働の思想。新しい経済観・仕事観を巡って p66~
 二、夢と文化とコミュニケーションp72~
 三、新しい「消費」×新しい「働く」=新しい「?」  p73~ 
マルクスとアーレントの思想の弁証法的な関係の中で、「労働の思想」について研究していらっしゃる、京都アカデメイアカピバクさんをお招きして。社会に一度出て、院に戻って研究している方です。
⑤小論
 ターロ ケヴィン・リンチ都市のイメージについて p84~
 ミルチ 都市生活の「消費」と「浪費」をめぐる問い―國分功一郎と宇野常寛 p86~ 
⑥〈架空/現実〉=〈イメージ〉の都市論ブックガイド p91~ 
執筆者一覧 p94
巻末言他 p95


必要そうな情報があれば順次追加していきますー。個々のコンテンツについてもうちょっと深く紹介できる余裕がありそうなら、近い内に追記します!
現地には紙の見本誌を預けておくので、それを見ながら「こんなのかー」と確かめてくださいませー。座談のキーワードを適当に書きだしたものは、大阪の文フリ告知に書いてあります。

フミカも筑波批評も、坂上秋成さんとこのエヴァ本もほしい><
いきたかったなー、超会議。
みなさん、フミカ、筑波批評のみならず、ボカロクリティークもよろしくお願いします!(同ブースにて販売)

2013年4月7日日曜日

第16回文フリin大阪〈都市のイメージ、イメージの都市〉F19

2013年5月追記→追記→以下に書かれている同人誌の電子書籍版「都市のイメージ イメージの都市」を、ameroadにて販売中です。こちらをクリック

ボカロクリティークは、とらのあなにて委託販売中です。こちらをクリック

お久しぶりです、朝永ミルチです。
2013年4月14日土曜日、第16回文学フリマin大阪の宣伝です。
文学フリマの公式ページはこちら。参加ブースのカタログはこちら
堺市産業振興センターイベントホールにて、11:00~16:00です。

F19白色手帖(はくしょくてちょう)ブースで、@Vocalo_Critique のスタッフとして、『Vocalo Critique』を頒布する傍ら、いくつかのコピー誌を売ります。
ちなみに、ボカロクリティークの最新号は、クリプトン伊藤社長も寄稿なさっています!
編集長の中村屋与太郎さんが大阪在住になってから、初めてのイベント参




先に言っておきますが、事前に言って頂ければ、自家通販対応します!
ニコちくと京大短歌については、寄稿なのでそちらにお任せするとして……、後二者については、文フリin大阪のみでの頒布予定です。


最初にサクッと終わるものから紹介しておくと……

◎同人雑誌『ニコちく―「ニコニコ建築」の幻像学』 H04
東北大学大学院有志で制作している建築雑誌『ねもは』の『ねもは5号』の『ニコちく―「ニコニコ建築」の幻像学』に寄稿しました。
別の寄稿者さんのブログに色々書いてあるので、そちらを見ると色々わかるかと。
「創作ツールとしてのマインクラフト――〈公共財〉という参照先、ネットワークをプレイすること、ドラマ生成的ゲーム」
あのマイクラの有名人、スティーブにインタビューもしています。MMDの話や、ちょっとした動画紹介もしてたりします。確か1,000円です。ブースはH-04

◎『京大短歌』19号 E29実は京大短歌の幽霊部員なのですが、ほとんど行けていないので、顔も覚えられていないかと思います(´・ω・`)笑
「短歌は衰退しました――解釈構造の素描と3つの短歌小説」(論考)
こちらのほんの一部を、NETOKARUのコラムに転用しました。森田季節さんの『ウタカイ』に関する部分の一部です。
もう一つは、連作の「default is default is」
多分、「実験的」なことをしているのだと思います。あんまり短歌に詳しくないからわからないけれど。

◎「形式的な別れ」(短歌) F19
カラーイラストに短歌を載せた5首とエッセイ(2枚くらい?)。
イラストは、おきつぐさんに描いて頂いてます! Twitterアカウントはこちら
素敵イラスト目当てにどうぞ。50~100円?くらいの頒布価格。部数はちょっと。
ブースはF19 宣伝がてら、自分のツイッターアイコンを、その絵(の一部)にしてます。

メインはこちらです↓ 一番時間がかかってます。

◎『都市のイメージ、イメージの都市』

京都大学で土木や都市計画の勉強しているターロ
京都大学で哲学や社会学をやっている朝永ミルチで編集しています。
これも頒布は、ボカクリブースF19です。
目次はこんなのです。

★①【架空(イメージ)の都市、現実(イメージ)の都市】
※作者紹介、作品紹介、あらすじも付いています。 
貴志祐介『新世界より』
・ミルチ論考 「出口のない世界と、他者になれない〈他者〉」
・ターロ論考 「人間の都市観と、バケネズミの都市観」
・座談 「新世界を語り尽くす」 
キーワードは、以下の感じ。
想像力/贈与/ディストピア/新世界/ヴェネツィア/茨城県神栖市/郊外化/東浩紀・北田暁大『東京から考える』/ゴンドラ/ジョン・アーリ/観光都市/ディズニーランド化/車輪文化/『海の都の物語』/イメージ/フクシマ/福島第一原発/スティグマ/チェルノブイリ/ウクライナのプリピャチ/社会の浄化/開沼博『漂白される社会』/町並み/街歩き/名付け/情報統制/教育/料理/読者であること/他者/未来を見ること 
>冲方丁『マルドゥック・スクランブル』『マルドゥック・ベロシティ』 
・ターロ論考 
小川一水『煙突の上にハイヒール』 
 ・ミルチ論考
★②【寄稿パート】
しょうへい(小林勝平)さんより 「サッカーと都市」論試論
すたれびとさんより 都市と歴史学――What is city?
★③【旅行記】
・ミルチによる前文 「観光と旅行記と、〈実況〉の魔法」 (1,旅行記について|2,消費の「郊外化」と観光のまなざし|3,2つの観光スタイルから、『孤独のグルメ』へ|4,『孤独のグルメ』は、全てを「観光」対象にする)
・東アジア紀行 上海→ベトナム→カンボジア (寄稿)
・シルクロード旅行記  (寄稿)
★④【労働と都市、座談会】
労働の思想について研究されていらっしゃるかぴばくさんと、編集二人で話しました。
大まかなキーワードはこんな感じ。
マルクス/アレント/就活/自己啓発/正社員/ライフスタイル/ノマドワーキング・ノマドワーカー/ノマドと社畜/古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』/社会的起業・社会的企業/『WIRED vol.7』の「未来の会社、これからの『働く』を考える」特集/岡田斗司夫『評価経済社会』
★⑤【小論】
・ミルチ 「都市における「浪費」と「消費」を巡る問い――國分功一郎と宇野常寛」
・ターロ 「ケヴィン・リンチの『都市のイメージ』について」
★⑥【まちがった〈架空/現実〉(イメージ)の都市論ブックガイド】
ツイート2つ分(300字程度)で、ブックガイド作ってます。色々間違ってます。本以外もあります。
例えば、西田正規『人類史のなかの定住革命』桂明日香『ビリオネアガール』神林長平『ぼくらは都市を愛していた』とかです。

コンセプト提示的に、『新世界より』の座談に付したまえがきを、以下に引用します。

まえがき|都市のイメージ、イメージの都市

『新世界より』という仮想現実を通して現実の世界を、現実世界を通してファンタジーを語り尽くした座談です。本文中の言葉を借りればこのようなものでした。
今まで話してきたのは……都市をどのように歩くか、都市におけるコミュニケーション、都市をどのように作るか、他者として訪れる都市(観光)、教育などの再生産と都市、イメージとどう付き合っていくか、誰を他者として認めるのか、他者とどう関わるのか、世界や都市とどう関わるのか、都市をどう作るのか、未来像や人間像という理想を持って都市をイメージすること……直接都市の話題ではない時でも、生きるということ、イメージすることと都市とは切り離せない。 (ミルチ発言 一部改変)
『新世界より』の重要な設定である「呪力」は、想像力に依存する超能力です。物語の最後の最後、「想像力こそが、すべてを変える」と記されます。これは早希の信念であると同時に、作者・貴志祐介の物語作家・SF作家としての宣言でもあります。
学びの者として、大学で本を読み、人と話し、そして町を歩く存在である私たち二人にとって、全く同意できる宣言でもあります。だから、その同じ言葉を、貴志祐介でも主人公の早希でもなく、私達自身の言葉として繰り返したいと思います。

「想像力こそが、全てを変える」

長い座談、対話なので、お暇な時にお読みください。手を替え品を替え、右の信念を語ったものだと思います。若輩ではございますが、それなりに本気で語り、楽しみ尽くしました。心優しい読者の想像力が飛翔する一助となればと願うばかりです。
(まえがき文責・朝永ミルチ)


(4月12日、表紙絵公開!!!)


違う経路から、都市論に興味を持った大学生が、コピー誌を作りました。
ターロは、都市計画や都市の全体像へ行き着く傾向があるようです。
私は、何を考えても、「共感」や「他者」、「共に生きる」ことへと行き着くようです。
ネタは好みに従っていますが、まじめに楽しく考えたら、こんなものができあがりました。



過度に専門的な議論はしていません。する場合でも、補足を入れています。
コピー本なので安い予定です!
値段はまだ決まってません! ページ数もまだ決まってません!!
よろしくお願いします!
印刷部数は不明!値段は……不明!(続報を待て! あるいはとりあえず、ブースに来て!)