2014年2月21日金曜日

西尾維新『りぽぐら!』――文体上のラマダンとしての?




文体上のラマダンとしての、リポグラム


西尾維新の『りぽぐら!』を読みました。
リポグラムノベルという言葉は、寡聞にして知らなかったけれど、要するに使わない文字を事前に決めて、その制約のもとで書くというものだった。
メフィストに書いてあった三作、「妹は人殺し!」、「ギャンブル『札束崩し』」、「倫理社会」の三つの短編を、それぞれ新しい制約をその都度設定して、4度ずつ書き直す(つまり、違う文体や語彙の下、同じ小説が5回展開される)。

制約は、縛るのでなくかえって飛翔させる――というような考えもありますが、今回は違ったかなと思います。
たしかに、「ノーリターン」とか、よくわからない語彙がぽっと飛び出したり、西尾維新らしからぬ言い回しが出てくるところは面白いのかもしれません(ぶっちゃけ、自分は信者と言っていいくらい西尾維新の小説が好きなので、それだけでも満足です)。

とはいえ、そういう微差がクリエイティブだとは思えないのですよね。創造性ってそういう話だったのかなーと。例えば、擬古文的な文体のやつもあるんですけど、「けり」とか連呼しててあほっぽいんですよね。詠嘆の感覚を伴う語句なので。
西尾維新って、すっごく頭のいい人だと思うんですけど、あまり勉強熱心じゃないんだろうなと思った次第です。高校時代は古文が好きだったという程度の人であっても、制約の下で、もっと色々いい古語がぽんぽん出てくるんじゃないかな。
現代語でも古語でも擬古文でもない気味が悪い文体みたいに、読みにくさだけが際立つものにならなかったのではないかな。

もう少し感想を一般化すると、実験小説――と言えば聞こえはいいものの、実験的というより実験に付き合わされている気になることは確かだと思う。結局、5回繰り返されるけれど、元のやつが一番いい。毎回展開かオチを少し変えてくれると、また違ったんだろうけど。


しかし、あとがきの言葉は印象的でした。(ちなみに、もちろんあとがきも繰り返し、新しい制約の下で書き換えられています)

文章を書いていて割りと思うことは、何と言ってもその自由度です――言いたいことが言えないということはまずないというか、たとえ現実には存在しないものであっても、言葉の上では何でも言えるというのがエキサイティングです。『りぽぐら!』p.242

これを読んで少しわかった気がします。リポグラムノベルを経由して、西尾維新が体験したかったのは、自分が普段使っている文体の外にでることではない。
そうではなくて、彼は文体上の「ラマダン」がしたかったのではないか――もちろん、自分にとって新しい語彙や文体の発見が目的でなかったと言いたいわけではありませんが、空気のように存在する前提を再確認するような儀式だったのではないかと思うのです。


小説家の新城カズマさんは、ある対談でこんなことを言ってます。
でも、そもそも地の文って本当に小説に必要なのだろうかとか、もっと極端なことを言うと、不可逆的な時間を前提とした物語なんてものは「語る楽しさ」「語りを消費する楽しさ」にとって本当に必要なのだろうかと。……最近は自分にとって空気のようにあった前提をわざと一つ一つ疑うようにしているんです。『コンテンツの思想』p186
そうすると、リポグラムノベルを書くことも、あるステージまできた小説家――いや、もっと広く物語作家というべきでしょうか――が、自身の創作手段の前提を疑ってみるというイニシエーションの、西尾維新なりのありようなのではないかと思えたりします。

いや、物語シリーズの「怪異」なんて、フィクションの謂ですから、暗にずーっと西尾がやってきたことなんですけどね。



そういえば、リポグラムについてググると、ある文学グループが出てきた。数学者が設立したもので、レーモン・クノーやレーモン・ルーセルを理想とし、シュールレアリスムに影響を受けているということから、色々なんかわかった気がします。


個々の作品は短いし面倒なので、内容については触れないでおこうと思います。
とはいえ、一点だけ。
「倫理社会」のオチが、愚行権や「野蛮な未開人」(『すばらしい新世界』)みたいな話とも、タックスヘイブンみたいな話とも違って、「たった一畳」にすぎないところがミソだよなと思います。彼の手に入れたものから、距離をとっているような、とっていないような……絶妙ですよね。冗長なので、もっと短くしてほしいですけど。

漫画好き・イラスト好き的には挿絵の執筆陣だけで、もうご褒美でした。
重野なおきさん、たえさん、田中相さん、中村明日美子さん、久米田康治さん、雲田はるこさん、PEACH-PITさん、pomodorosaさん、……あーもう、最高でした。


むーっちゃ漫画やイラスト好きな人で、西尾維新が嫌いじゃない人は買いです。
西尾維新が好きな人も買いです。
それ以外は……どうだろう? まぁ、言葉の戯れが嫌いでないなら。


なお、このブログはリポグラムで書かれているわけではありません。


追記。著者インタビューがありました。日本語における「ぬ」の使用頻度が低すぎる、というのはちょっと笑ったぬ。

2013年の活動まとめ


去年は色々詳細にまとめたのですが、今年はさくさく要点だけ。
覚えているものだけを見ていきます。

ちなみに、2012年の活動についてはこちらへ。

同人誌


・『カラフルパッチワーク』
イラスト付きの文芸誌?『カラフルパッチワーク』を作りました。
イラストの参加者は、けーしん、さんざし、大沼もん、おきつぐ、くぼみ。
文章の参加者は、『惜日のアリス』の坂上秋成、歌人の馬場めぐみ、そして末席を汚しつつも自分です。



・『都市のイメージ、イメージの都市』
去年の三月くらいに作りました。
ameroadにて、300円で電子書籍版を叩き売ってます。こちらからどうぞ。
表紙絵は大沼もんです。すっごいいい絵ですよね。

今はもう興味ないこととか、今はもっとうまく言えることとか、今なら別の角度から見ることとか、たくさんあるのでしょうけど、それもこれも重要なアーカイブですし、過去のものだから劣っているというわけでもないのかな、と思います。



読書会、関西クラスタ関連


・Planets8の読書会
開催報告:第7回関西クラスタ読書会「P8読書会」
キャラクターに関する座談会と、國分功一郎さんのインタビューの発表を担当しています。

國分さんのインタビューのレジュメ↓
P8「いま、消費社会批判は可能か―國分功一郎インタビュー」読書会レジュメ #kansai_ct

キャラクターの座談会のレジュメ↓
P8「キャラクター表現の現在―東方・アイマス・MMD以降」読書会レジュメ #kansai_ct
ニコ動の御三家はどこでドラマを演じるか――TRPGとMMD、〈貨幣〉化するキャラクター


・観光学の読書会
【開催報告】関西クラスタ第10回「観光学」読書会 「本を持って旅に出よう」 #kansai_ct
学び始めてすぐだったので、しゃべり下手です。


・関西クラスタレコメンリレー
【関西クラスタレコメンリレー】第二回 田川建三『イエスという男』by 朝永ミルチ
うんこな議論って言葉は、その名も『うんこな議論』(山形浩生訳)という本から来てるんですけど、唐突感ありますよねー。笑
Wikipedia項目もあったりします(On Bullshit)。書評も見つけたので貼っておきます→
あと、山形浩生自身の文章「うんこな議論も使いよう」


・共催『ウェブ社会のゆくえ』読書会
関西クラスタ・GACCOH・文化系トークラジオ Life 共催 /鈴木謙介『ウェブ社会のゆくえ』読書会 in まちライブラリー@大阪府立大学 
100人近く集まったはずです。


・ロシアレストラン「キエフ」でのお食事
ウクライナ・フードツーリズム・ガイド。これみたいに、お月見とか、バーベキューとか、そういう活動もしてるんですよね、そういえば。


・GACCOH小説読書会

扱ったのは、『パイの物語』(映画、ライフ・オブ・パイの原作)、西尾維新『悲鳴伝』、青木淳悟『このあいだ東京でね』、東浩紀『クリュセの魚』野崎まど『know』です。
GACCOH小説読書会のページはこちら

『クリュセの魚』読書会には、表紙を描いてはる大槻香奈さんも来てくれました。
その盛況ぶりは、Togetterか、フェイスブックページの写真でも見られます。あおばさんの写真むーっちゃいいですよねー。


その他


・京大短歌
会報誌『京大短歌』19号が出ました。
「default is default is」という連作、それから「短歌は衰退しました」という評論を書いています。
詳しくはこちら
評論について、コメントがあったので、それに反応したブログ記事はこちら


・MMDに関する文章
MMDerからも少し反響のあった文章。
MMDについて。拡散していくMMDと、MMDの特徴メモ
P8読書会と合わせて書いた文章です。リプライとかコメントとか、結構もらったような気がします。


・「観光の系譜学」
発表しました。
ニーチェ、フーコー、ハッキング辺りの系譜学的な記述と、観光学における観光史の扱いを対照しながら、後者の役に立たなさ、無意味さと同時に、前者の有用性を語るようなものでした。


・ボカロ小説に関するネットニュース
今年は卒論もあったので、ご報告できるクオリティの、顕名の仕事はほとんどないです。
この項目に関して、報告できるようなニュース自体は、一個だけなのですが、当該ニュースはいくつかのサイトからも配信されたようです。

ボカロ批評ライターが選ぶオススメ『ボカロ小説』ベスト5(元記事)
ボカロ批評ライターが選ぶオススメ『ボカロ小説』ベスト5(ニコニコニュース)
「ボカロ批評ライターが選ぶオススメ『ボカロ小説』ベスト5」が掲載(ニュース記事の紹介)
「ボカロ批評ライターが選ぶオススメ『ボカロ小説』ベスト5」が掲載(初音ミクみく、という有名なボカロ系のニュースサイト)

なんか、NAVERのまとめにも使用されていたのですが、タイトルの「批評」という言葉尻にいらっときた人には、むーっちゃ受けが悪かったですね。笑
タイトルはお任せしたので、決まった経緯はよく覚えていないのですが、「元となる曲の歌詞も、一緒に引用しつつ掲載したい」とのことだったので、自然と有名なものが上位にくることになりました。

個人的には、泉和良さんの小説が好きなんですけど、あれ特定の曲を物語にしたやつじゃないんですよね。
カゲロウデイズをトップにしないのも、曲を聴く層が「初音ミクの消失」ほど広くはないことや、ニュース周辺が荒れてしまうことへの警戒(杞憂でしょうけど)もあったような気がします。あんまり、当時のこと覚えてないんですけど。

めんどうなのと、大した仕事してないのとで、ここらで終えることにしておきます。
遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。