2014年10月15日水曜日

イメージの更新――チェルノブイリ、ゲンロン、三木清


レポートを晒してみよう、第三弾。
これはよく覚えています。提出日に急いで書き上げた記憶がふつふつと……。
授業でチンポムの話が出てきたのにも驚きました。
三年前くらいでしょうか。

レポートを書く度に思うのですが、どういうふうに終わればいいのかわからないんですよね。ちょっと無理やりさくっと終わらせている感じがあるのは、そのせいです。

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「イメージを更新・転倒・転換するような試みに関する記録をとりあげ、レビューする」という方をとりあげる。採用する記録は、思想家・東浩紀の率いるプロジェクトの報告たる『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(以下チェル本)である。以下、本文。

「福島第一原発観光地化計画」のスプリングボードとして、チェルノブイリへのサーヴェイは行われた。実際、東浩紀・ゲンロンが発行する『思想地図β』シリーズの第4期では、4-1(チェル本)・4-2(『福島第一原発観光地化計画』)と、対の書籍として位置づけられる。サーヴェイに参加したのは、思想家の東浩紀、ジャーナリストの津田大介、社会学者の開沼博、写真家の新保津健秀、ロシア文学研究者の上田洋子らが参加していることからもわかるように、チェル本は今までのチェルノブイリに関するレポートと異なる様相を呈することになった。

しかしこのサーヴェイは、最初からチェルノブイリのイメージを更新を念頭に行われたわけではない。「このようなイメージ、このような情報を得よう」という形での『予断』はなかった。この予期のなさこそが、まさに重要な点であった。というのも、報道したいイメージを集めてくるためだけの取材こそが、日本のチェルノブイリ報道では多かったのだ(ウクライナ人医師の語る所によると、「放射能で苦しんでいて、かわいそうな被害者」としての患者像ばかり撮ろうとする日本の報道への不満が語られていた)。はたして、編集後記にて東浩紀は「素人仕事」の「重要性を認識することとなった」と記す。「素人仕事のかたまり」である本書は、「それぞれの領域でプロ中のプロ」ではあるけれども、「チェルノブイリについてはみな『素人』」が集まって作った、と。そのような座組こそが、新鮮な視点を可能にしていると彼は振り返っている。既存メディアの「悲劇のチェルノブイリ」という《文法》に囚われず自由に取材対象を選び、訪問先の現実を素直な言葉で書き記した。

チェルノブイリに対する素人性は各所に見出だせる。例えば、3.11で事故を起こした日本から取材しにくると聞いて突撃的に取材に同行したデザイナーのハイダマカの熱弁に促されて、チェルノブイリ原発事故のメモリアルである、ニガヨモギの星公園を訪れる。そこには、「フクシマとの連帯」が打ち出されていた。これは取材行程を大幅に無視することで成り立っている素人仕事である(プロならば時間も予定も守るだろう。事前に決まっていたインタビューをひとつ放棄することで成り立っている)。例えば、チェルノブイリ原発が未だに「現役」であることに素直に彼らは驚いている。送電線としては現役であり、さらに「一時的にでも原発を停止したこと」を《二度目の悲劇》と呼ぶウクライナ人の言葉をそのまま伝える(一度目は事故が起きたことだ)。ソ連の政治的力学が作用し、そして資源も産業もない国であるウクライナでは、原発が避けられない手段であると多くのウクライナ人に認識されているのだ。例えば、彼らの他に「観光」、つまり物見遊山的に原発に訪れる人のことも報道すれば、それを支援する国家的・草の根的な制度や人のことも伝える。同書では、パック旅行企画者や旅行社へのインタビューも行われている。例えば、原発作業員が陽気に仕事を行うところや、サマショール(汚染地域に戻って違法に暮らす人。法的には違法だが、黙認されている)の「平穏で幸せな生活」を装飾なく報告する。そして、原発の処理作業員だけでなく、清掃員や食堂の料理人も、「ちゃんとそこにいる」ことを伝える(ちなみに食事はとても美味しいらしい)。現実は決して悲劇一色に塗りつぶされたりはしない。そこには多面的な「日常」がある。現実は常に複雑なのだから。

ここで、日本では、犯罪や災害の被害者・被害者家族に「悲劇一色でいること」を強要するところがあることを思い出してもよいし、高野秀行の『謎の独立国家ソマリランド』に挙げられた事例と重ねてもよい。高野によると、アフリカで貧困や病気で苦しむ人にカメラを向けると「笑顔」で映ろうとすることがあるらしい。というのも、アフリカの「苦しむ人々」にとって、カメラを向ける人は自分たちへ手を差し伸べてくれる、支援を誘発するものだと知っているから、自分たちを見てくれることを喜んで笑顔で写真や映像に映ろうとすることがあるのだ。しかし、「プロの仕事」「予期を重視する仕事」にとってそれは「ブレ」であって、撮りたいもの、ほしい情報ではなく、むしろ避けられるべきものだ。実際、私たちが触れる報道的な写真や映像で、苦しみの最中にある人が笑っているものはほとんど(全く?)ないのではないか。事程左様に私たちは、気を抜けばすぐ悲劇は悲劇でしかないと思い込んでしまうし、それを加速するような社会に生きている。

チェル本は素朴な言葉で、真剣に一面的な悲劇像でなく、多面的な現実を伝える(Chim↑Pomの『芸術実行犯』でも、広島の空をピカッとさせたことに関して、「実相」という語彙に注目していたことを私たちは想起すべきだろう)。それを伝える「素人の視線」を、東浩紀は「観光の視線」と二重写しにする。観光客の無知とむせきにんは、その分自由で予断を持たないからだ(そういえば、公式サイトによれば、高野秀行は「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをして、それを面白おかしく書く」ことをモットーにしていた。まさに観光客!)。

哲学者の三木清は、「旅について」というエッセイで、到達点を求めず絶えず過程にあるものとして旅を位置づける。それゆえ、旅は漂泊であり、観想的である。旅人は「つねに(観想的に)見る人」である、と三木は述べる。単なる思い付きにしてはあまりに熱く語られている三木のアイデアは、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』において、東が元も子もなく「素人」「無責任」と語った「観光」の視点を、少々ロマンティックに言い換えたものに他ならないだろう(三木のロマンティシズムと、東の現実主義は、冒険性を含意する「旅」と、商業性や欲望の肯定を含意する「観光」「ツーリズム」という語彙の差にも現れている)。このように、観光・ツーリズムと接続した形の主張をすることで、悲劇の現場に関する「情報公開」を東は主張していることになる。しかも、商業的に・経済的にサステイナブルであることが、悲劇の現場保存にも繋がり、長期的に忘れらないことを意味している、とプラグマティックに「効果」を主張することを忘れない。チェル本だけで既にイメージ更新的であるが、(誰しも観光客たりうる以上)余裕のある読者が実際に行ってみて、確かめてみること、「実相」に触れてみることを提案するものと受け取ることもできる。チェルノブイリのイメージを更新するチェル本の試みは、読者が行ってみて、一区切りつくような更新の営みなのかもしれない。

<参考文献>
Chim↑Pom、2012『芸術実行犯』朝日出版社
東浩紀編集、2013『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』ゲンロン
東浩紀編集、2013『福島第一原発観光地化計画』ゲンロン
高野秀行、2013『謎の独立国家ソマリランド』本の雑誌社
三木清、1978『人生論ノート』新潮社;改版

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